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46 再会

 その知らせが届いたのは明くる日の夕食時である。いつものように食堂でシン、葵、羽流乃が夕食を食べていると、配膳をするはずの麻衣がお盆も持たずに大慌てで飛び込んできたのだ。かわいらしいゴスロリメイド衣装に似つかわしくない真剣な表情で、麻衣は叫ぶ。


「大変や! 東の辺境にトロールの大群が現れたらしいで!」


「何だと!」


 シンはすぐにでも出なければと腰を浮かすが、葵が止める。


「シン、落ち着いて。状況がわからないと動けないよ」


 葵はナプキンで口元を拭き、麻衣に確認をとる。


「その知らせはどこから来たんだい?」


「決まってるやろ。伝令所からや」


「伝令所が君を仲介にして僕に報告? いつもとはルートが違うなあ……」


 普段であれば有事の際には伝令所から直接兵士が駆け込んできて、葵に直接報告する。侍女の麻衣が報告するのはおかしいといえばおかしいことだった。


「伝令所で食中毒が起きて人がおらんらしいで」


「食中毒? コックたちは何をやっているんだか」


 葵は眉を潜めながらも麻衣から書類を受け取り、すぐに行動に移る。


「シン、すぐに出られるね? 麻衣、ロビンソンを呼んできて」


「閣下は外に出てておらんで」


 麻衣の言葉を聞いて葵はすぐさま軌道修正する。


「なら羽流乃、軍を纏めて現場に行く準備を。とりあえずは僕とシンで急行する」


「陛下お一人では危険では……!」


 羽流乃は意見するが、葵は聞き入れない。


「護衛はシンがいるからいいよ。状況を見て危険そうなら引き返す」


「くれぐれも無理はなさらぬよう……!」


 そう言い残して羽流乃は軍の駐留所へ向かう。


「僕たちも行くよ」


「ああ!」


 シンは葵に指輪を手渡され、力強く応えた。




 シンと葵は王宮の外に走り、葵は壁に立てかけてあった箒を手にする。


「飛ばすよ! しっかり掴まって!」


 葵とシンは箒にまたがり、夜空に飛び立つ。箒はグングン加速し、まっすぐ東方を目指す。


 葵は重力を軽減する魔法で自重を極限まで削り、風の魔法で推進力を得るという方式で飛んでいる。箒は気分だ。柄に飛行を補助する魔法陣を刻んでいるので、多少は楽になるらしい。


「魔法ってのは無茶苦茶だな!」


 必死に葵の背中にしがみつきながら、シンは絶叫する。時速百キロは超えているのではないだろうか。どんどん王都が遠くなっていく。


 東の辺境は馬車に一日乗っていれば到達できる程度の距離である。空を飛べば急行できるのだった。遠いからではなく、魔物が頻繁に出現して人が住むのに適していないから辺境なのだ。


 葵は目的地の廃村に近づくと、様子見のため高度を下げる。葵は火の魔法で小型の太陽を作って地上を照らした。


「こんなにトロールが来るなんて……!」


 葵は険しい表情を見せる。数十体のトロールたちは廃村を踏みつぶしながら進撃していた。これほどの数のトロールが山脈を越えてくるのは、過去に例がない。


「おい! あれ!」


 シンは廃村の教会でトロールに包囲されている二人を発見する。ロビンソンと、斑夫だった。


「どうしてあの二人が……? 仕方ない、救出するよ!」


 葵は箒を二人のいる教会に向け、急降下するが、トロールたちは投石で妨害する。葵は箒をうまく操って投石の雨をかいくぐり、ロビンソンと斑夫の元へ着地した。


「ロビンソン、これはどういうことだい?」


 斑夫の隣に立っていたロビンソンはばつが悪そうに言う。


「陛下、私はゴブリンの長とトロールについて話し合っている最中だったのです。最近、こちらに侵入してくるトロールの数が急増していたので」


 斑夫が後を受けて憎々しげに言う。


「そしたらいきなり連中に囲まれたってわけさ。二、三匹ぶっ飛ばしたら手を出してこなくなったが、ジリ貧だ」


 いくらゴブリンに転生して筋骨隆々な斑夫でも、ちょっとした家くらいの巨体を誇るトロールの相手は分が悪い。斑夫が数体をなんとか退けたので今のところ手出しはしてこないが、トロールの群れを突破して逃げるのは不可能だ。


「膠着状態が続くなら構わないよ。すぐに王国軍が到着する。でも、そううまく行きそうにないね……!」


 葵がそう言うと同時に、辛うじて残っていた教会の壁がハンマーか何かで殴られたかのように吹き飛んだ。シンたちは咄嗟にその場に伏せて破片をやり過ごし、顔を上げる。ちょっとした山くらいに膨らんだお腹に、長い耳と醜悪な顔。一際大きいトロールが、シンたちを上から覗き込んでいた。


「見つけたわ、葵……!」


 そのトロールは野太い声でそんな風につぶやく。こんなユニークな知り合いが葵にいたとは驚きだ。トロールはキョトンとするシンたちを見て笑う。


「この格好じゃわからないかしら……。ちょっと待ってね」


 トロールが発言すると同時に光に包まれ、みるみる縮んでいく。光が止んだときそこにいたのは、小さな体格の女だった。周囲のトロールは跪き、女に向かって頭を垂れている。


「おい、嘘だろ……!」


 シンは顔を引きつらせる。その女はほとんど人間のようなシルエットで、死人のような青白い肌に、動物の毛皮を羽織っていた。露出しているへそのあたりには赤い指輪と緑の指輪が埋め込まれている。魔王が封じられた火の指輪と風の指輪だ。


 そして、左手の薬指につけているのはシンのものと同じ、地の指輪。種なしのシンでもわかった。こいつはやばい。ゴブリンなんて目じゃないほどの魔力を持っている。何故か縮んだのも、ありあまる魔力のなせる技だ。


 女はこちらを見てニッコリと笑った。


「トロールは本来妖精……! この姿ならわかるでしょう? 葵、やっと会えて嬉しい! あの女の言った通りね! さぁ、この世界なら二人の愛を阻むものは何もないわ! 前世からの運命だったのよ! 存分に愛し合いましょう!」


 女は、どう見ても瑞希だった。葵は気圧されることなく前に出て、言う。


「悪いね、瑞希。僕はシンと婚約してるんだ」


 瑞希は憎悪をはらませた目でシンをにらむ。


「神代シン……! やっぱりそうなのね! 私が葵の目を覚まさせてあげる……!」


「シン、命令だ! その女を仕留めて!」


 葵はそう言うが、正直勝てる気がしない。シンも指輪の数だけなら互角だが、魔族のように体が強いわけではない。まともにやりあえば、勝ち目はないだろう。


 そこでシンはまず尋ねる。


「山名、俺はおまえと争いたくない! ここは引いてくれないか!」


「葵を誑かしたクソ男が何を言ってるの……? ミンチにしてあげるわ」


 瑞希は取り憑かれたように笑っていて、全く交渉の余地がない。歯噛みするシンの肩を、斑夫が叩いた。


「俺も力を貸す。俺とおまえなら、トロールにも負けないはずだ」


「よし、共闘といくか!」


「足手まといになるなよ!」


 斑夫の言葉にシンはニッコリと笑う。


「言ってろ! 俺だって進化してるんだ!」

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