45 拍手
そうして二人して悶々としていると、ドアがノックされた。
「陛下~! お客さんやで~!」
麻衣の声が響き、葵はのろのろと起き上がる。今日の予定には入っていなかったが、急な来客のようだ。シンも葵に従って広間に向かう。
広間に到着したシンと葵は驚きのあまり立ち止まる。小学生くらいだろうか、数十人もの子どもたちが集まり、ガヤガヤとお喋りしていた。まさか社会の見学というわけでもないだろう。どうして子どもがこんなところに?
「こら、陛下がいらっしゃったぞ!」
引率と思われる貴族の一言でざわめいていた子どもたちは静かになる。
「……これは?」
葵は傍に控えるロビンソンに尋ねる。ロビンソンは答えた。
「結核にかかり、王都第一病院で治療を受けていた子どもたちです。陛下が調合した秘薬で全員回復したのですが、是非お礼を言いたいと……」
子どもたちの代表だろう、花束を持った十歳くらいの女の子が前に出てきて葵に謝意を伝える。
「陛下のご慈悲のおかげで、私たち全員が回復することができました。ありがとうございます!」
代表の子に続いて、全員が『ありがとうございます!』と合唱する。その様子を見て引率の貴族は満足そうにうなずいていた。どうも貴族が点数稼ぎのために子どもたちを集めたということのようだ。葵の善行と同じように、仕事でやったということである。これは逆に葵が気分を害して、子どもたちに毒ガスを浴びせるかもしれない。フォローしなくては。
そう思ってシンは葵の方を見る。葵はぎこちない笑顔を浮かべていた。本物の笑顔を仮面の笑顔で隠そうとしているようにしか見えない。シンは意外に思う。いつもの葵なら、つまらない工作をするなと絶対零度の猛吹雪を吹き付けるはずなのに。
「げ、元気になってくれて僕も嬉しいよ……」
代表の子から花束を受け取りながら、少々うわずった声で葵は声を掛ける。明らかに浮き足立っていた。
続けてちょっとした演説をするのが通例だが、言葉が出てこないようで葵は口をパクパクさせていた。好きな子に告白された小学生男子のような反応だ。本当にらしくない。でも、悪くはないと思う。感謝されるのが嬉しいのは、普通のことだ。
広間一杯に、子どもたちの拍手が響く。裏に馬鹿な貴族の計算があるのだとしても、子どもたちの拍手は本物だ。
「ありがとう、ありがとう……」
葵はどこか照れが入った感じで頬を真っ赤にしながら、子どもたちに小さく手を振った。
部屋に戻るなり、葵は大きなベッドに寝転がる。そして枕を抱きながら、つぶやいた。
「……僕は正しいことをしたのかな?」
シンは迷いなく答える。
「ああ、正しかったと思うぜ」
「僕が女王だから、あんな風にしてくれてるだけなのに、どうして……どうしてだろう、こんなに……」
葵は抱きしめた枕に爪を立てる。シンは苦笑する。
「いいじゃねぇか。素直に受け取っておけば」
「そうだね……。そのとおりだ……。でも、怖いんだよ。いつか僕が今の立場を失ったらって思うと……」
「そんな心配しても仕方ないし、ありえないだろ。今は喜べよ」
シンの言葉を聞いて葵は枕に顔を埋め、動かなくなる。葵が思っているほど世間は冷たくないし、厳しくもない。少なくともシンはそう信じている。普通の好意を普通に受け取ってほしい。




