44 やりたいこと
こうして今日もやることがないまま、日が暮れていく。いつものように葵の部屋でベッドに腰掛け、シンは落ち込んだ。
「今日も何もできなかったなぁ……。俺、もっとやることがあるはずなのになぁ……」
「やることって何? なんで君はそんなに生き急いでるの?」
例によってコントローラーを握りしめ、テレビ画面に夢中になっていた葵は嫌な顔をする。葵は自分を批判されたように感じたらしい。とはいえ葵は魔法使いのいない村にジャガイモを伝えるなど、やることをやっている。
「俺におまえくらいの力があればなぁ」
そうすればシンは独力で指輪を捜し、元の世界に帰る算段をつけただろう。やはりばあちゃんが心配だ。早く帰らなきゃ。
うずうずし始めるシンに、葵は冷や水を浴びせる。
「君に僕くらいの力があれば、余計なことばっかやってこの世界を無茶苦茶にしてるだろうね」
葵が自分の才能をゲーム機錬金にしか使わないのは、とどのつまりそういうことである。極端な話、核兵器を錬金して炸裂させたら世界の滅亡だ。そこまでいかなくても妙なものを錬成してしまえば世界のバランスが崩れる。
「いや、そうなんだけどさ……」
だが、何もしないというのはどうにも落ち着かない。葵はごろんと転がって顔をこちらに向け、訊いてくる。
「君、将来の夢ってあるかい?」
「いや、急に言われても……。考えたことなかったな」
シンはいつだって目の前のことに夢中で、遠い将来のことなんて考えたこともなかった。だからこそ現在、目標を見失っているのかもしれない。この世界ではよほどのことがない限りシンの出番はないのだ。
「じゃあ、これを機に考えてみたらいいんじゃない? 時間はあるんだし。どうせ前の世界に帰るつもりなんだろう?」
極めて適当な調子で葵は言った。この世界は前の世界より時間が流れるのが早いので、あまり時間を気にする必要がない。そう言われても、シンには何も浮かばなかった。プレイ中の某学園ジュブナイルRPGを見て思いついたのだろう、黙ってしまうシンに葵は冗談めかして提案する。
「例えば、君のハーレムを復活させるとかさ」
それは夢といえるのか……? しかし羽流乃、麻衣、冬那が自分の傍に戻ってきてくれるというのは……。ちょっと心が揺れたが、逆にシンは落ち着く。シンは葵に質問してみた。
「おまえはどうなんだ? あるのか、夢?」
葵はその場に寝転がり、天井をぼんやりと眺めながら答えた。
「僕には夢を見る余裕なんてなかったな……。ただ、憧れてた。君みたいな立場に」
「……俺?」
シンは枕の上で首を傾げる。葵は説明を加えた。
「君が言うことならみんな聞いてくれるだろ? それに、君が何をしたって誰も何も言わないじゃないか」
「……それって普通のことじゃないのか?」
シンはそう言うが、葵は大きくため息をつくばかりである。
「君は恵まれてるからそんなことが言えるんだよ。世の中には二通りの人間がいるんだ。何をやっても許される人間と、許されない人間。同じことを言っても、人によって説得力はまるで違うだろう? それと同じ事さ」
真面目な者であれば、ときにははめをはずす必要性を語っても受け入れられる。逆に普段滅茶苦茶なやつが地道な努力を説いても説得力はない。確かに日頃の行い、言い換えれば信用はどこへ行ってもモノを言う。
「僕は何をやっても許されなくて、君は許される人間だった。だから僕は、君の立場に憧れてた……」
それは被害妄想では……と言いかけてシンは口をつぐんだ。親の仕事だったり、レズ疑惑だったり。葵が奇異の目で見られる要素はたくさんあって、葵は孤立していた。
「でも、この世界に来て逆転したんだよね。僕は何をしても許される立場になった。ほら、僕は女王だから……。何をやっても褒められるし、否定されることもない……。でも、相変わらず僕は夢なんかないんだ。何をしたいのか自分でわからない……」
天井をじっと見上げたまま葵はつぶやくように語る。立場が変わった一方で、葵は何も変わっていない。だから、何をすればいいのかわからない。葵の懊悩に胸を締め付けられながら、シンはどうにか言葉を絞り出す。
「……今までやれなくて、やりたかったことをやればいいじゃないか」
言葉にするのは簡単だ。けれども、シンだって同じ事をできていない。これ以上のことを、シンは言うことができなかった。
シンはそれぞれの道で活躍し始めている元クラスメイトたちのことを思い出す。彼らには迷いも何もないように見えた。彼らとシン、葵で何が違うのだろう。答えは出ない。




