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42 勇者

 シンが目を覚ましてから一週間が経った。シンと葵は二人で部屋に籠もり、ほとんど引きこもりニートのような生活を続けている。


 シンが外に出ないのは、邪魔になるからだ。町に出ればシンが魔王アスモデウスの生まれ変わりだと騒ぎになる。そして指輪のないシンは羽流乃や麻衣に同行してもらわなければならないので、余計な負担を増やしてしまう。結果、葵の婚約者として謁見に同席するとき以外は部屋で過ごすことになった。


 また、羽流乃や麻衣と話すのは前世を思い出して複雑になる。二人とも話していると前世と変わらないのに、かつての記憶がないのだ。どうしても冬那を含めて四人で仲良くやっていた頃が頭の中で甦り、悲しい気持ちになってしまう。


 ハーレム野郎なんて言われていたが、今思えば悪い気はしていなかった。現在、シンをハーレム野郎呼ばわりする者は誰もいない。それを理由に二人を避けたりはしないが、外出するような気力は失われてしまう。




 なのでシンは葵の部屋で、古代文字の勉強をしている。そんなに簡単に読めるようになる代物ではないので、ほとんど自己満足だが何もしないよりはいい。もしかしたら前の世界に帰る手掛かりが出てくるかもしれないし。


 散らかり放題だった葵の部屋はシンが掃除したのでいくらかマシになった。本当ならば侍女である麻衣の仕事なのだろうが、葵は自分の部屋を他人に触られたくないといって掃除をさせない。


 「俺はいいのかよ」とシンは訊いたが、葵の返事は「君は婚約者だから」。


「それに、君はなぜか他人のような気がしないんだよね。特に一緒に寝るととても落ち着くんだ」


 そう言って葵は平気でシンを部屋に入れ、夜は枕を並べて寝る。一応婚約者ということになっているが、道義上の問題がある。そもそも、シンは本気で葵と結婚する気などない。結果、毎晩シンは自分を抑えるのに必死で寝不足に悩まされるのだった。




「どうしてシンシアを殺したクソ外道の女を、僕が生き返らせなきゃなんないんだろうね。理解に苦しむよ。シンシアを生き返らせればいいのに」


 シンの隣で寝そべってゲームをしながら、葵はシナリオに文句をつける。シンはため息をつく。


「そりゃ、勇者だからだろ」


「だいたい女を殺されたから世界を滅ぼそうなんて、男って本当に勝手だよ。こういう単細胞だから男は嫌いなんだ。僕はもっとシンシアとゆりゆりしたい」


 勇者はきっと自分の性癖で助ける相手を選んだりしないだろう。思わずシンは葵を説教したい気分になる。


「勇者っていうのはそういうのじゃないんだよ……。どんな悲しみにも苦難にも耐えて、正義を貫くんだ。シンシアを生き返らせてもピサロが改心しないだろ」


 熱っぽく語るシンに、葵は小さく嘆息する。


「君は本当にガキだね……。この勇者は、そういう勇者じゃないだろ。故郷を奪われ、親友を殺された復讐者なんだ。たとえ長い旅で『勇者』になったのだとしてもね……。勇者の心情を思えば、ロザリーを生き返らせるなんてありえないんだよ」


 葵は理路整然と反論してくる。しかしシンもべつに感情論だけで、蛇足気味なこのストーリーを肯定しているわけではない。葵には一つ、見落としていることがあるのだ。


「勇者が同じ経験をしているからこそ、ピサロの気持ちもわかるんだろ」


 ラスボスだったピサロも、人間に恋人を殺された被害者なのだ。同じように魔物にシンシアを殺された勇者が、ピサロの心情を慮ってロザリーを生き返らせるのは少しも不思議なことではない。


「なんで敵のこと考えなくちゃいけないんだよ……。おかしいと思わないの?」


 葵は顔をしかめる。心底理解できないといった表情だ。


「少しもおかしいところなんてないだろ。ちゃんと相手のことを考えただけだ」


 戦うべき相手を前に躊躇するのは問題だが、戦わずに和解できるならその方がいいに決まっている。復讐者ではなく勇者として成長したからこそ、ピサロのことを考えることができた。まっとうな話ではないか。


「はぁ……。君が馬鹿だってことはわかったよ……。生きるか死ぬかの戦いで敵のことなんか考えるわけないだろ。自分のことで精一杯だよ」


 葵はあきれ顔を浮かべるが、シンはそんなことはないと首を振る。


「いや、他人のことを思いやる気持ちは、誰だって持ってるはずだ。俺だって、おまえだって」


「君の中ではそうなんだね。僕は自分のことしか考えてないよ」


 そう吐き捨てて葵はゲームに戻る。そんなに擦れて悪ぶったふりをしなくてもいいだろうに。シンは憮然とした表情を浮かべた。葵はシンの方を見ようともせず、テレビの画面に集中する。


 そうして数分経ったころ、葵はポツリとつぶやいた。


「この世界に魔王はいても、いないんだよ、勇者は……」


 結局それから数時間、葵はゲームを続けた。




 さすがにたまりかねたシンは、葵に苦言を呈する。


「いくらなんでもやりすぎだろ……。少しは生産的なことをしたらどうだ?」


「君みたいに誰も得しないオ○ニーをしろって? 僕はどうせなら……いや、童貞君には刺激が強すぎるかなあ」


 ニヤニヤと葵はシンを見上げた。シンは顔を真っ赤にしながら、流そうと試みる。


「馬鹿、おまえだって経験ないだろ……」


 葵に彼氏がいたという話は聞いたことがない。そもそも、葵はゲームに怒っていたのでわかるように男嫌いの節がある。きっと、経験はないはずだ。


「そうだねぇ……。男とは経験ないねぇ……。でも、女の子とはどうかな? 知ってるかい? 女の子の胸は……」


 この女にレズ疑惑があったのを忘れていた。シンはたっぷりと葵にいじめられ、ほうほうの体で部屋から逃げ出した。

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