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41 王宮の夜

 夕食後、葵の部屋で一人では広すぎるベッドに寝転んでいると、突然ドアが開いた。


「やあ、いい湯加減だったよ」


 白い寝間着を身につけた葵だった。葵は風呂上がりらしく、白い肌がほんのりと赤くなっている。葵はいきなり布団にダイブして、シンの隣に寝転んだ。


「うおっ、何するんだよ!」


 シンは慌ててベッドから退去しようとするが、葵が指を鳴らすといきなり体が重くなって、動けなくなった。葵が魔法を使ったらしい。


「いやあ~、君が町で女の子にサービスされるお店に行きたがってたって聞いたからさ、代わりに僕がサービスしてあげようと思って」


 麻衣が調子に乗って大嘘を吹き込んだらしい。シンは否定しようとするが、葵は自分の寝間着に手を掛けて胸元を少しずつ開いていく。シンは絶叫した。


「ちょっと待て! おまえ、下着は……!」


 葵はブラジャーをつけている様子がなかった。葵はニヤニヤしながら言う。


「この世界にはブラジャーもパンティーもないよ」


「え? じゃあ、まさか昼間からずっと……!」


「当然だろう? はいてないに決まってるじゃないか。体動かす仕事の人ならドロワーズははいてるだろうけど、僕はそうじゃないし」


 つまり羽流乃や麻衣はドロワーズをはいていたということである。よかった。はいてない人はいなかったんだ。


「何言ってるの? 僕ははいてないよ。ほら、ほら」


 葵は少し頬を赤らめながら、シンに胸を近づける。シンは必死に目を背けるが、まるで岩石に押し潰されそうになっているかのように体が重く、動けない。


「さぁ……指輪を手にとってごらん」


「何! 指輪だと!?」


 シンは葵の胸を見る。谷間に赤い指輪が挟まれていた。シンは迷うことなく葵の胸に手を突っ込み、指輪をとる。


 「あぁん!」と葵が変な声を上げ、シンはビクッとする。何か柔らかい感触がしたが、きっと気のせいだ。そうに違いない。


 葵は何事もなかったかのように尋ねる。


「苦労してとってきた火の指輪さ。どうだい? 使えそうかい?」


「ああ……。確かに魔力を感じるぜ。でも、どこにあったんだ?」


 真っ赤なルビーのような宝石で飾られた指輪は、地の指輪や水の指輪より危険な感覚がした。きっと身につければ酷い目に遭うに違いない。


「羽流乃の実家だよ。エゼキエル家が所有している洞窟の奥にあった。午前中行ってきたんだ。君が羽流乃を引きつけてくれていて、とっても助かったよ」


 葵はぺろりと舌を出した。元々指輪はエゼキエル家の家宝で、いつか羽流乃が洞窟に挑戦して手に入れるはずだった。葵は先回りして確保していたのである。


「泥棒じゃねぇか……」


 シンは嘆息するが、葵は悪びれた様子もなく言う。


「ゲームでも、勇者は勝手に人んちに上がり込んで壺を割ったり箪笥を荒らしたり、やりたい放題だったろう? ましてや僕はちゃんとダンジョンを攻略したんだよ? 文句を言われる筋合いはないね」


 道義上かなりの問題行為だが、葵が盗人のような真似をした理由はシンにも理解できる。羽流乃が指輪を手に入れていれば、譲ってもらうのにかなり苦労したに違いない。


「それに、代わりの宝も置いてきたから別にいいでしょ」


 何かろくでもないものを洞窟に安置してきたらしい。後で問題にならなければいいのだが。


「わかったから、そろそろ魔法を解いてくれ……。このままじゃ寝られないだろ?」


 シンは懇願するが、葵はニコニコと笑顔を見せるばかりだ。


「嫌だよ。だって、魔法を解いたら絶対君は逃げるだろう?」


「いや、逃げるっていったって、同じベッドで寝るわけにはいかないだろ……」


 そもそもこのベッドに寝転んでみたのは、高級ベッドがどれくらい気持ちいいか気になったからだ。決して葵と同じベッドで寝たいからではない。


「そういうわけにはいかないんだよね~。王宮の中はどこに目があるかわからないからさ。ちゃんと婚約者らしく振る舞ってくれないと、馬鹿な貴族がいちゃもんをつけてくるかもしれないだろう? しょぼい使い魔くらいなら、僕はどうとでもできるけど、寝てる間はさすがに無理だし」


「さっきのが婚約者らしい振るまいなのかよ!」


 胸の谷間に指輪を挟むとは実にけしからん。


「いや、さっきのは僕の趣味だ!」


「変態! 変態! 変態!」


 シンは絶叫する。葵はシンの反応を見て楽しんでいたらしかった。


 こうして夫婦らしい? やりとりをしつつ、異世界での夜は更けていった。



 グノーム王国の東端は峻険なパラケル山脈で隣国シルフィードと隔てられていて、人間どころか魔族の行き来も極めて少ない。パラケル山脈が往来するには険しすぎるという理由もあるが、一番の原因は天候だった。パラケル山脈は海に面しているため、海からの水蒸気が流れ込んでいて、非常に雨が多い。そのため植物の生育が非常に早く、密林となって旅人を阻むのだった。


 例外的に山脈を越えることができるのが、シルフィード王国側に住むトロールたちだった。巨大なトロールの体力なら雨中に密林を進むことも可能だ。トロールたちは自分たちの生息域で魔物が少なくなり、全滅の危機に陥ると山脈を越えて魔物を狩りに行く。


 人間ではなくトロールに転生したことは、彼女にとってかなりの幸運だった。おかげでこうして山脈を越え、葵に会いに行くことができる。トロールの腕力で指輪を集めるのも容易だった。


「待ってて……葵。すぐに私のものにしてあげる」


 山名瑞希は密林を歩きながら、夜空を見上げた。

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