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39 転生者による革命

「君、この世界じゃ魔法なしに蒸気機関なんて作れないよ」


「いや、俺たちの世界じゃ魔法なんかなくても、なんでも作れてるじゃないか」


 シンの反論を葵は嘲笑う。


「科学っていうのは、進めば進むほど幾何級数的に必要な技術が増えていくものだよ。ピラミッドみたいなものだね。大きなピラミッドを造ろうとすれば、土台もまた大きくなる。この世界じゃ技術を他から輸入することはできないから、一から全部作らなきゃいけない。そんなことは絶対に無理さ」


「ちょっとずつでもがんばれば、いつかは俺たちの世界並みに科学を発展させられるはずだ」


 シンはそう言ってみるが、葵は冷笑するばかりだ。


「そのくだらない玩具も、羽流乃の魔法に頼らないと作れなかった君がいうことかい? 魔法なしで君がまともに使えるのこぎりを作るのに、いったい何年掛かるんだろうね。まずは石器から始めなきゃならないよ?」


 シンは羽流乃が持ったままののこぎりに目を落とす。鉄を精錬できるほど高温の炉を作る技術は、当然ながらシンにはない。鉱山から鉄鉱石を掘り出す方法も知らない。かといって魔法に頼るなら、魔法を使ったもっと効率のよい方法を見つけられてしまう。


 だいたい、魔法も万能ではない。術者によって精度に大きな差が出るという欠陥がある。例えば本格的な蒸気機関を作ろうと思えば、かなりの工作精度が要求される。そうなると作れるのは百年に一人の才能を持った魔法使いだけとなり、量産できずすなわち運用もできない。特権階級の玩具になるだけである。


「君は魔法を使えない人たちを救うために必死に考えたのかもしれないけど、方法が迂遠すぎるんだよ。わかったら無駄なことはやめるんだね」


 完全に論破されたシンは、がっくりとうなだれる。葵はポケットから弁当箱くらいの大きさの機械を出して見せた。四次元ポケットの魔法か何かか?


「君と入れ違いに、二次元三兄弟が来たよ。これを渡してくれってさ」


「……? なんだこれ」


 渡された機械をシンはしげしげと眺める。機械からは金属製のアンテナが伸びていて、丸いつまみがついている。これはまさか……。シンはつまみをゆっくりと回してみる。


『あー、あー、テステス。聞こえてるか? こちらは異世界放送局、マジカクインテット……。今日から定期的に放送したいと思ってる……』


 機械からどこか懐かしい雑音混じりに落合の声が流れ出す。この機械はラジオだったのだ。


「魔法なしで作ってるのか!? すごいじゃねぇか!」


 シンは感心してはしゃぐが、葵はやれやれと肩をすくめた。


「そんなわけないだろう? 魔法で最適な鉱石を作って、トランジスタの代わりにしているんだよ。電波を出すのにも多分、魔法を使ってるね。受信に魔法を使わないから君にも使えてるだけさ」


 加えて、動力源には魔力で充電できる電池を採用しているため、強い魔力を待たない者でも動かせる。魔法使いなら継続して誰でも使用できるということだ。


 なかなかの快挙である。今までも高度な風の魔法を使えば遠距離通信自体はできた。しかし扱えるのはそれなりの魔力がある限られた人間だけだったし、「放送」なんていう概念はなかった。


「ラジオを使って萌えコンテンツを配信するとか、わけのわからないことを言ってたけど、彼らは前の世界での知識を活かしてこの世界で革新を起こそうとしているわけさ。もちろん、魔法を使ってね。つまり、魔法を使えない君には資格がない」


 前世の記憶を保持したままの日本人が、技術的ブレイクスルーを起こすというのは今までにもあったことだ。この世界でマスケット銃を開発したのはおよそ千五百年前に来た日本人だそうである。彼らが魔法を駆使して作成できたのは、当時の最新鋭とはほど遠い戦国期に毛が生えたレベルの代物であるが、それでも銃のないこの世界では革命的だ。


 同じように、シンの同級生たちが持つ知識と魔法はこの世界を変えようとしているらしい。前の世界の技術を、魔法で再現するという形式で。魔力のないシンには葵の言う通り、参加資格がない。


「……」


 結局、羽流乃や麻衣の負担を増やさないために余計なことをしないのが最良という結論に落ち着き、シンは片付けをしてから部屋に戻ることにした。




 部屋に戻る途中、シンは王宮の入口付近で麻衣がもめているのを発見した。


「そう言わずに私についてきてくれれば……!」


「いや、ウチは今の仕事が気に入っているから、そういうのはお断りなんや」


 見覚えのある青年が目を輝かせて麻衣に話しかけ、麻衣は困った顔をしていた。しばらく青年の顔を見て、シンは思い出す。つい先日、葵に結婚を申し込みにきていた貴族の一人だ。自分の仕事に戻ろうとしたところで捕まったらしい。いったい何事だろう。


「どうしたんだ?」


 シンが尋ねると、貴族は答えた。


「こ、これは殿下! ご機嫌麗しゅう。実はこの女王陛下付きの侍女なのですが、魔力の質がシルフィード王家の者に似ているような気がするのです。シルフィード王国で検査すればはっきりしますので、よろしければこの侍女を連れて行きたいと思いまして……」


「いや、せやからウチは別に貴族になりたいと思ってないねん! 放っといてや!」


「そう言わずに。シルフィード王家は現在分裂状態……! 私があなたを旗印に介入すればシルフィード国王になることも夢ではない……! さぁ、行きましょう!」


「そんなんウチに関係ないやろ!」


 麻衣は本気で嫌がる素振りを見せるが、貴族は自分に都合のいい夢を語り、麻衣の腕を掴もうとする。シンは貴族の手を掴んで間に割って入った。


「よくわからないけど、嫌がってるんだからやめろよ」


「触るな、種なし!」


 貴族はシンの手を払う。


「おのれ、また私に恥をかかせようというのか! 二人纏めて剣の錆にしてくれる! 今は魔王の指輪もないようだしな……!」


 麻衣は「ヒエッ……!」と小さな悲鳴を上げ、貴族は剣を抜く。シンは麻衣を守るように立ち、気持ちで負けないように貴族をにらむ。


 今のシンに武器はないし魔法も使えないが、だからといって逃げるという選択肢はない。相手は防具の類を身につけていないので、どうにか剣を避けて懐に潜り込めばシンにも勝機はあるはずだ。


 きっと、腕力だけなら負けていない。貴族が剣を振りかぶろうとしたところでストップが掛かった。


「あなたたち、王宮で何をしているのですか!」


 刀を抜いた羽流乃がこちらにすっ飛んでくる。どうやら本当にやりあうはめに陥らず済みそうだ。

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