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3 問題

「え~っと、皆さん、よろしいでしょうか?」


 現れたのは顧問にして担任の中村マイケル先生(海外出身の英語教師なのだ)だった。小林先生の件を聞かれてしまったかもしれないが、中村先生なら問題ないだろう。私事をとやかく言う人ではない。


 ただ、先生の仕事はする人間である。中村先生はぎろりと麻衣が持ち込んだノートパソコンの画面を見る。ノートパソコンはさすがにまずかっただろうか。まあ、ちゃぶ台の向こうに据え付けられたテレビとゲーム機と比べれば大したことはないという気もする。


「せ、先生! いるならいるって言ってくださいよ!」


 シンは苦笑する。中村先生は無表情のまま釘を刺してくる。


「世のため人のためにきちんと活動して善行を積んでいるなら私は何も言いませんが……わかっていますね?」


「はい、もちろんです!」


 シンは若干顔を引きつらせながら答えた。中村先生のスタンスは一貫してこれである。やることをきちんとやれていれば多少はめをはずしてもよし。別に学校にゲーム機やパソコンを持ち込んではいけないなんて校則はない。


「安心してください、先生。私の目の黒いうちはきっちり活動もしますし、みんなの成績も落とさせませんわ」


 羽流乃はすました顔で紅茶をすする。ちゃぶ台に金髪美少女が正座してソーサから紅茶という凄まじく違和感のある光景も、いい加減に慣れてきた。羽流乃は道具一式をこの茶道部室に持ち込み、いついかなるときも紅茶を飲めるように準備している。これもまた中学生の行動ではないが、もはや誰もつっこまない。




 シンたちが所属しているのは、ボランティア部だった。シンたちの中学校では全員が何らかの部活に所属しなければならないのだが、入学早々に麻衣は普通の部活では嫌だと言い出した。麻衣は部員不足で休部状態となっていたボランティア部を復活させ、同じく廃部状態だった茶道部室を占拠してシンを誘ったのである。


 シンは迷ったが麻衣がどうしてもというので参加した。剣道部がなかったため路頭に迷っていた羽流乃も入部。いつまで経っても部活を決めようとしない若干一名も引き取ってボランティア部は発足し、半年後には長期入院中だった冬那が復学して加わった。


 元々麻衣はアニメやラノベに出てくる謎部活を作りたかったらしい。麻衣は活動内容など何も考えておらずテレビやゲーム機を持ち込み、だらだらし始める。羽流乃は怒りながらも部長として活動の段取りをして、いつもは遊びつつもたまには真面目に活動するという現在のボランティア部ができあがった。


 まあ、毎日ボランティアしに行く場所があるわけではないのでこれでいいだろう。毎月第一日曜日に役所主催の清掃活動に参加して第二、第四土曜日には近くの病院の子どもたちと交流する。校内行事があれば手伝いボランティアだ。さらには去年の夏休みなど、富士の樹海まで遠征して、清掃活動した。一方で平日は部室でだらだらし、テストが近づけば羽流乃が先生役になって勉強会をやる。部活として普通に学校に認められ、中村先生以外の先生方から異論が出たこともない。




「それで中村先生、何のご用でしょうか?」


 羽流乃は尋ねる。顧問ではあるが普段、中村先生が部室に顔を出すことは滅多にない。何かあったのだろうかとシンは思う。用件はボランティア部のことでなく、クラス委員長としての仕事だった。


「修学旅行の件、どうなっているのか訊きに来たのです。まだ報告がなかったので」


「ああ、あの件ですか。私の説得では無理でしたわ。だから、シン君にお願いしようと思っています」


 羽流乃にしては珍しく歯切れが悪い。いったい何の話だろう。


「葵さんの件ですわ。彼女だけ、宙に浮いているんです」


 来月に迫った沖縄への修学旅行の班決め。一人だけまだ所属が決まっていない生徒がいた。この場にいないボランティア部最後の一人。クラス委員長の羽流乃と副委員長のシンは彼女を何とかしなければならない。


「俺が? いや、男子の班に入ってもらうのは無理だろ?」


「何を仰いますの? あなたの班に入れろという意味じゃありませんわ。そんなこと、天が許しても私が許しません。私たちの班に入ってもらえるよう、シン君が交渉しなさいということです」


 羽流乃は眉間に皺を寄せ、叱責するように言った。すでに羽流乃、麻衣、冬那で班を作ることは決まっている。そこに葵も加えるのだ。


「わかった。訊いてみるけど、あまり期待しないでくれよ?」


 わりと本気で羽流乃は苛ついているっぽい。怒れる母親を前にした子どものように若干顔を引きつらせながら、シンは了承した。羽流乃は小さく息をつく。


「そうなったら仕方がないですね。あの子も、シン君の言うことなら聞くかもしれないとは思うのですけど……」


 いやあ、葵は基本俺の言うことも聞いてくれないんだけど、どうしたらいいんだろうか……。わりと本気でシンは困るが、何も言えない。


「それではお任せしましたよ」


 シンの内心も知らず、中村先生は退出した。


「じゃあ、ちょっと葵を捜してくるよ」


 シンはさっそくボロボロの上着を脱ぎ捨て、腰を浮かす。しかし麻衣はストップを掛けた。


「ちょっと待て、シンちゃん。ウチに腹案があるんや」

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