31 偽善者
「そうでございますわ。他者に勝とう、自分が生き残ろうという生物としての本能、命の輝きが魔力です」
「君は自分を大事にしないから、魔法が使えないんだよ。ご愁傷様。ずっと見てたけど、君ほどのバカはそうそういないよ?」
「見てたって……どういうことだよ」
シンの問いに、葵はパチンと指を鳴らす。
「こういうことさ」
「は? うおっ!」
シンの制服のポケットから、青いネズミが顔を出す。葵が仕込んだのだろうか。全く気付かなかった。
「お疲れ様。僕の中に戻るといい」
葵の言葉に反応して、ネズミはシンのポケットから這い出して、一直線に葵の掌まで昇った。ネズミは行儀よく座ったかと思うと、ポンと音を立てて消滅する。跡には、卵の殻だけが残っていた。
卵の殻を見て、シンは前世の葵がいつも新鮮な卵を持ち歩いていたことを思い出す。
「まさか……おまえがいつも卵を持ってたのって……!」
「君にしては察しがいいね。その通りだ。僕は元の世界でも魔法が使えた。ほとんど使い魔の魔法しか使ってなかったけどね」
「あのネズミや小鳥はそういうことか……」
時折、ネズミや小鳥と葵は遊んでいた。葵は自分の使い魔と戯れていたのである。
合点がいったという表情を見せるシンに、葵は頬を膨らませる。
「失礼だな。そんな自作自演はしてないよ。僕は動物の言葉もわかるんだ。使い魔を使ってるとき限定だけど……」
使い魔とはすなわち自分の魂を分けた半身だ。使い魔に代行させることで、人間の体ではできないことも可能になる。葵は使い魔を使って動物と話していたのだった。
「君だってユニコーンを操って見せたじゃないか。同じ事だよ。断じて僕は動物たちで寂しさを紛らわせたりはしてない」
ツッコミ待ちなのかとシンは一瞬悩んだが、それどころではないということを思い出す。シンは慌てて尋ねた。
「そうだ! あの指輪は何なんだよ!? どうして俺に魔法が使えた!?」
「うん? これのこと?」
葵は指輪をはめた左手をシンに見せる。
「何ともないのか……?」
シンがつけたときは、頭が割れそうな頭痛とともに、数え切れないほどの声が頭の中で響いた。しかし今、葵は涼しい顔で座っている。
「僕じゃ指輪の魔力が入り込む余地がないからね。普通の人はみんなそうだよ。君だけが、特別なんだ。君の魂は空っぽなのさ」
少なくともこの世界では、普通の人間は魔法を使うことができる。魂が強大な魔力を放出しているからだ。そして、その魔力を魂で操れる。
なので、他人の魔力を体に受けようとしても自分の魔力が弾いてしまう。魂という器は自らが発する魔力で満杯なのである。他から注ごうとしても、溢れるだけだ。
「じゃあ、あの村の住民は全員指輪を使えたっていうのか?」
その理屈なら、魔法使いのいない村では全員が指輪を使えたことになる。シンの問いに葵は首を振った。
「無理だっただろうね。普通だったら、魔王の魔力なんか操作しようとしたら魂が壊れるよ。転生さえできず、この世から完全消滅だね。君でも割とギリギリだったっぽいしねぇ。下手したら君も暴走してこの世界を破壊していたかも」
シンは一歩間違えれば自爆しかねないような危険なものを身につけて暴れていたらしい。アニメの巨大ロボットのごとく原子炉を搭載して格闘戦を行っていたようなものだ。今さらながら寒気がする。
「……まぁいい。それぐらいのリスクは仕方ない。だったらどうして、俺に指輪を使うことができたんだ?」
どうでもよさそうに葵は答える。
「そういうことを言えるからじゃない? 普通の人間は、消滅するリスクを仕方ないなんて言えないよ。おまけに、魔王の魔力で魔王の魔力を制御して魔法を使うなんて、僕でも想定外だったよ」
器の大きい人間でなければ、強い魔力には耐えられない。器の小さい人間が強い魔力を受け止めると、器ごと壊されてしまう。
「あの状況じゃ、誰だって博打を打つだろ。自分が動かなきゃ何人死ぬかわからないんだから」
シンの言葉を聞いて、葵はおかしそうに笑う。
「ハハハッ! やっぱり君は異常だよ。死にかけてたくせに自分の命じゃなくて、他人の心配してるんだから」
葵の指摘を受けてようやくシンは、指輪を手に入れる直前、自分が死の瀬戸際にいたことを自覚する。シンは思い出したように付け加えた。
「もちろん、自分が生き残るためでもあったさ」
「何言ってるの。君一人逃げるくらいあの状況でも簡単だったろう? だいたい、君が他人のことしか考えていない大馬鹿野郎なことくらい、僕は知ってるんだよ。小学校のときからの付き合いなんだよ? いつもいつも他人のために喧嘩ばっかりしちゃったりさ。働き口が見つからなくて困ってるときにお金を騙し取られたり、ほんと頭悪いんじゃないの?」
二次元三兄弟との一件を持ち出され、シンはむきになって反論する。
「俺は騙されたりなんかしてない。新しいビジネスを始めようとしただけだ。投資だよ、投資」
二次元三兄弟に貸したお金は倍になって返ってくるはずだったのだ。……約束の期日を過ぎても配当はなかったが。
「見事にお金を持ち逃げされてるけどね。いい加減学習しなよ。こっちに来て君が困ってたとき、クラスのみんなは君を助けてくれたかい?」
「それは……」
かつてのクラスメイトは、種なしとして被差別階級に転落したシンを邪険に扱った。相棒だったはずの羽流乃でさえも、シンを助けてはくれなかった。ショックを受けなかったといえば嘘になる。
しかし、シンは顔を上げる。
「べつに俺は恩の押し売りをしてるつもりはない。みんなを助けたこともあったかもしれないけど、俺がやりたいからやっただけだ」
「情けは人のためならず、というのにね。君はマゾか何かなの? 所詮みんな自分が一番かわいいんだよ。だからみんな自分のために魔法を使えるんだよ」
「だからどうした? 人を疑うより、信じた方がいいに決まってる。俺もみんなと同じように、一番いいと思ったことをやってるだけだ」
シンは大真面目に言うが、葵は嘲笑するばかりだった。
「そんな綺麗事は世間じゃ通用しないよ。金八先生はテレビの中だけって、わからない? 君は魔王の力を操れるとはいえ魂の力はとても弱い。一度でも死ねば人間には転生できないだろうね。人を恨み、後悔しながら消えていくといい」




