30 女王
「やあ、シン。この間はご苦労だったね」
全く汚れのない白いドレスを着た葵は、所々に宝石が埋め込まれた豪華な椅子に腰掛け、王宮の広間でシンを迎える。シンの乱心に備えてだろう、葵の隣には相変わらずアニメかマンガから飛び出てきたような衣装で、例の刀を携えた羽流乃が控えていた。
跪いて頭を垂れる場面かもしれないが、くたびれた学生服を着たままのシンは、あえて立ったまま問い掛ける。
「……あの村で、助かったのは何人だ?」
葵は全く動じることなく答える。
「あの村の人口を把握してないから正確なところはわからないけど、残ったのは二十人くらいだね。六十人くらいは消えた計算だ」
「何とも思わないのか?」
シンの問い掛けに、葵はククッと喉の奥で笑った。
「一人の死は悲劇だが百人の死は統計でしかない。すばらしい言葉だよね。ま、死んだわけじゃなくて転生したんだけどさ」
「ふざけてんのか?」
シンは怒りのあまり声を震わせる。あの凄惨な現場に居合わせて、どうしてそんなことが言えるのだ。葵は急に真面目な顔になった。
「ふざけてなんかないよ。君が悲劇として受け取った出来事を、僕は統計として受け取る立場にある。それだけの話さ」
葵は十数ページほどの冊子を取り出す。
「君のために、わざわざ日本語で書き直したんだ。感謝してよね」
シンは冊子を手に取り、目を落とす。書かれていた内容を見て、シンは呆然とする。
「ゴブリンの肝臓から作った秘薬が結核を駆逐……。三ヶ月前の戦闘で秘薬を七キロ生産……。百人の子どもの命が助かった……。何だよ、これ……」
「もし君がゴブリンを全滅させていたら、その分病気で何人死んだんだろうねぇ?」
シンは冊子を握り潰し、膝をつく。
「死ぬわけじゃなくて転生するんだろ……」
空虚な言葉遊びだった。葵は抜き身の現実をシンに突きつける。
「死ぬも同然さ。まだ魂の力が弱い子どもは一、二回死ねば人間に転生できなくなる」
シンは葵に問い掛けずにいられない。
「子どもたちのためだから、あの村の人は何人死んでもよかったっていうのか……?」
「そうは言ってない。ただ、彼らの犠牲で救われる命もある。それは事実だよ。第一、ゴブリンたちだって生きるために人間を食べてるんだ。君は肉を食べたことはないの? 野菜だけを食べるにしても、自己満足だよね。植物だって生きてるんだから。生きるために食べるのは、悪なのかい?」
葵は皮肉げな笑みを浮かべる。
「誰も悪いやつなんかいないんだよ。みんなが必死にやった結果が、これなのさ。これが罪だというなら、生き物は皆生まれながらに罪を背負っているんだよ」
わかっている。わかっているが、心臓を凍らされたかのようにただただ悲しかった。シンは涙を流す。
「だったら俺は、もう何も食べない……!」
できもしないことを口にしても、虚しいだけだった。だいたい、ついさっきシンの腹を満たしたのは何だったのだ。言うまでもなく、罪のない命である。
「そういう人格だから、君は魔法を使えないのかなあ。魔法を生み出すのは生への執着。そうなんだろう、羽流乃?」
葵に訊かれ、羽流乃は答えた。
「そうでございますわ。他者に勝とう、自分が生き残ろうという生物としての本能、命の輝きが魔力です」




