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2 ボランティア

「先輩、またやったんですか?」


 冬那はあきれ混じりの声を上げながらも救急箱から絆創膏を取り出し、シンの頬に張ってくれた。


「う~ん、そこまでのことにはならへん予定やったんやけどなあ。校内での話やし」


 麻衣はポリポリと頭を掻く。羽流乃は麻衣に冷たい視線を向ける。


「また麻衣さんの仕込みですの?」


「ウチは情報集め手伝っただけやで。ハッキングして」


「え、麻衣ちゃん先輩ってそんなことができるんですか?」


 事情を知らない冬那は素直に驚き、麻衣はドヤ顔を見せる。


「ソーシャルハッキングしたんや!」


 要は、対象のスマホを盗み見たということだ。当然ロックは掛かっていたが、麻衣はパスワード入力するところも盗み見ていて、簡単に解除してみせた。電子的にハッキングするなどツクールでクソみたいなRPGを作るのが精一杯の麻衣にはできないが、古典的な手段で充分なのである。


「……それで、どういう話ですの?」


 羽流乃は尋ねる。羽流乃は正座しながらスカートの裾を強く握り、拳を振るわせていた。怒るのは話を聞いてからということらしい。シンは事情を説明する。


「ほら、小林先生の件だよ。生徒に手を出したって噂の……」


 一年生を受け持つ小林先生は優しくてイケメンと女子に人気があったが、クラスの女子生徒に手を出しているという噂が流れていた。真偽を確かめてほしいとその女子の友人から麻衣に依頼があり、調査を行っていたのだ。


 その女子生徒──山木みちるは文芸部だったので麻衣はゲームのシナリオで相談に乗ってほしいと文芸部に足繁く通い、機を見て山木のスマホを確認した。


 結果はクロ。山木のスマホには小林先生からのメッセージが大量に到着していて、山木はそれらを一切無視している状態だった。友人らによると、ここのところ山木はずっと何かに悩んでいるようで、ずっと物憂げな態度だということだ。これはもう決まりである。


 そして小林先生が送った最後のメッセージは「今日の放課後、屋上で会おう」というものだった。


「ウチはその現場の写真撮って、証拠を押さえる気だったんやけど、シンちゃんがなぁ……」


 麻衣は大げさにため息をついて見せる。その計画を聞いたとき、シンは「とんでもない」と反対した。誰もいない屋上で、山木に小林先生が何をするかわからない。万が一盗撮のために忍び込んだ麻衣が見つかってしまえば、さらにまずい。もっと何をされるかわからない。最終的にシンは、一人で正面から正々堂々と屋上に乗り込むことにした。




 シンが屋上のドアを開けたとき、小林先生は鬼気迫る表情で山木の肩を掴んでなにやらまくしたてていた。小林先生が山木に危害を加えようとしているようにしか見えない。まさかこんな直接的な場面にいきなり遭遇するとは。学校だというのに、何を考えているのだ。ロリコン教師にもほどがある。日本の将来が心配だ。


 日本の教育現場を憂いて憤ったシンは即座に山木から小林先生を引き離そうと掴みかかる。


「おい、何やってるんだ!」


「俺はみちるを絶対に離さない! たとえクビになったとしてもだ! ウヴォアー!」


「え? ちょ、うおっ!」


 学生時代に合気道をやっていたとかいう小林先生は奇声を上げながらシンを投げ飛ばす。武道経験者の動きに、ど素人のシンが反応できるわけがない。シンの体は空中に投げ出される。上着ボタンははずれ、袖がちぎれた。シンは屋上を転がり、山木は涙を流しながら小林先生に抱きつく。


「先生、大好き!」


「俺もだよ、みちる! 高校卒業したら、結婚しよう!」


 まだ山木は中一なのに、気の長い話だなあ、と転がりながらシンは思った。




 結論からいえば、そもそも二人は男女の関係で、プラトニックなお付き合いをしていた。しかし山木は所詮中学生で、小林先生は立場がある教師である。山木が卒業と同時に捨てられてしまうのではないかと不安を覚え、関係がぎくしゃくしていたのだ。


 その話し合いの場に部外者たるシンは乱入し、小林先生は教師生命が絶たれる覚悟で反撃した。小林先生の覚悟を知った山木は改めて先生に惚れ直し、一件落着というわけである。


「事情はわかりました。でもそれは本当に一件落着してますの……?」


 羽流乃は疑いの目をシンに向ける。今回の件が他に知られて小林先生がクビにでもなったら、バッドエンド一直線だ。


「だ、大丈夫だろ、多分。こんな派手なことはもうすんなよ、って言っておいたし」


 シンは噂が出ていることを伝えた上で、もう学校近辺で軽はずみな行動はしないように、と二人に注意してから帰ってきていた。問題は発覚しなければ問題にはならない。今ならただの噂ということで鎮火できるだろう。後で校長に根回ししよう。シンの祖母と校長は知己の仲なので、シンの話もある程度は聞いてもらえるのだ。多分、小林先生が来年別の学校に異動するという程度で許してもらえる。


「ま、これ以上ウチらができることもあらへんし、とりあえず放っておくしかないやろ」


 麻衣はそう言って纏めるが、まだ羽流乃は恨めしげだ。


「そういう現場でしたら、私を呼んでくれればよかったのに……! 私はもうシン君に必要とされていないのですか……?」


 昔からシンは荒事のときは羽流乃と組んで、知能犯をやるときには麻衣と組むのが常だった。でも中学校に上がってからは麻衣と組むことの方が格段に増えた。さすがに小学校のときのように考えなしに暴れるわけにはいかないからである。たとえ武力行使に至るとしても、女子の羽流乃に頼るのもどうかと思う。いくら剣を扱えても羽流乃は女子だ。


「いや、でもクラスのこととかは羽流乃がいないと回らないから……」


 シンは苦笑いする。別にシンと一緒に暴れることだけが羽流乃の価値であるわけではない。羽流乃は委員長を務めるクラスのリーダーでもあるのだ。なおも羽流乃は不満げだったが、ここで部屋の襖が開いた。

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