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27 指輪

「力がほしいかい?」


 ふいに、背後から声を掛けられる。同時に上から何かが振ってきて、シンは液体から元の体に戻る。


「葵……?」


 そこにいたのは、歌澄葵だった。傍に控えていた羽流乃が、「陛下とお呼びしなさい!」とシンを一喝する。


「おまえ……どうしてここに……」


 葵は静かな笑顔を浮かべる。


「決まってるだろう? 僕は女王だよ? 魔物が現れれば、軍を率いて駆けつけるさ」


 転生者の女王とは、葵のことだったのだ。なぜか、驚きは感じなかった。葵が何かを持っている女だということを、感じていたからだろうか。


 見れば、葵が連れてきた軍勢がゴブリンたちと戦い始めていた。まずマスケット銃で武装した兵士たちが一斉射撃を浴びせ、続けて槍兵がゴブリンに突撃する。接近戦なら人間はゴブリンに対して劣勢だが、ゴブリンたちには飛び道具がないのでマスケット銃の火力で押し返せる。両者とも死傷者を出し、人もゴブリンもバタバタと倒れた。


 この世界の普通の人間は生活のために魔力を使うので一杯一杯で、直接戦いに使える魔法を習得できるのは例えば羽流乃のように魔力が高い者だけだ。普通の人間が戦うとすれば、普通に武器を使う。


 銃兵の中には、狭山の姿もあった。狭山は真っ青な顔で一心不乱にマスケット銃を撃ち続けている。狭山には、シンが持たない戦うための力があった。


 奮戦する王国軍を眺めながら、シンは力なくうなだれる。


「もう遅いよ……」


 いったい集落で逃げ延びることができたのはどれくらいだろうか。この様子だと、周縁部に住んでいた者は全滅である。


「ふうん? 僕としては予定通りなんだけどな」


 悪びれる様子もなく、葵は言った。人に転生することができず、何人もが消えているのに、どうして葵はこんなに落ち着いていられるのだろう。


 シンは声を絞り出した。


「……寄越せよ、力」


 戦場では、いや、どこであろうが力がなければ何もできない。この世界で振るえる力がほしい。シンは心からそう願った。


「それを拾うといい。地の指輪だ」


 葵は、地面に転がっている指輪を指す。瑞希がつけていて、その死後に葵の手に渡った黄色い宝石の指輪だ。


「陛下、その指輪は王家の秘宝なのですよ!? 種なしなどに触らせるのは……!」


 羽流乃が血相を変えて前に出ようとするが、葵は手で制する。


「指輪には魔王の魔力が封じ込められている。君に、魔王の力を受け止めるだけの器があるかな?」


「上等だ……!」


 シンは地の指輪を拾い、右手にはめる。水の指輪をはめたときと同じように全身を苦痛が襲い、無数の声が頭に響いた。




『俺は本能に従っているだけさ。何も悪くない。だから君も本能に従って、腰を振ればいい』


『あの人のことを考えると、何を捨ててもいいって気持ちになるの。ごめんなさい』


『気持ちいいことをしたがるのは、当然だろう?』


『愛なんて性欲の言い訳なのさ。ヤッちまえよ』




 おまえら如きに、俺が惑わされるわけないだろ……!




 やるべきことは、全てわかった。地の指輪が輝き、黄色い宝石を中心に魔法陣が展開される。同様に水の指輪からも魔法陣が展開された。シンは二つの魔法陣を重ね、頭に浮かんだ呪文を唱える。


「大地のケモノに水の手綱! 命を司る使い魔よ! 力を貸せ!」


 水の指輪の魔力で地の指輪の魔力を制御する。魔法陣は直径三メートルほどに広がり、中心から艶々とした毛並みで、大きな一本角を備えたユニコーンが姿を現す。ユニコーンはシンの前で足を折って跪き、シンはユニコーンに跨った。


「行くぜ!」


 ユニコーンはシンの号令に従い、三匹で陣形を組むゴブリンに突進する。鋭い角に貫かれた一匹は即死。他の二匹もちょっとした軽自動車ほどもあるユニコーンの巨体に弾き飛ばされ、重傷を負う。地面に叩きつけられて苦しむ二匹のゴブリンは、近くの兵士に止めを刺された。ゴブリンたちは無数の羽虫に転生して散ってゆく。


 一撃で魂を粉砕するシンのユニコーンを一目でまずいと思ったのだろう、金色の鎧を着込んだ隊長格らしきゴブリンが、耳障りな鳴き声を上げて仲間を集め、槍衾を作る。ユニコーンにいくら馬力があっても、槍衾に突っ込めばただでは済まない。乗っているシンごと串刺しだ。


 シンはユニコーンから降り、単身でゴブリンどもの作る槍衾に向かって走る。ヤケになったわけではない。充分な助走をつけるためだ。シンは地面を蹴って跳躍すると同時に、指輪の魔法を使う。


「地の指輪よ! 力を貸せ!」


 シンの体が羽根のように軽くなり、シンは五メートルほども飛び上がる。地の指輪を単体で使えば、自分の周囲数メートルだけだが、ある程度重力に干渉できるのだ。ゴブリンたちは慌てて槍を上に向けた。銀色の穂先が獰猛そうに輝くが、想定内である。


「水の指輪! 出番だ!」


 シンは空中で液体に変わり、槍をすり抜ける。着地と同時に再び地の指輪の力を発動して、近くのゴブリンを蹴り飛ばす。重力干渉で体重を奪われていたゴブリンは周囲を巻き込みながら派手に吹き飛んだ。陣形が、崩れた。


「今だ! ユニコーン!」


 シンはこの機を逃すことなくユニコーンを突撃させる。自分もゴブリンから奪った槍を振るい、シンはゴブリンを蹴散らしていく。


 葵が連れてきた兵士たちも加わり、シンはあっという間に陣形を組んでいたゴブリンたちを全滅させた。兵士たちはゴブリンの死体を引きずり後方へ引いていく。どうせすぐ転生するのに、死体に何かあるのだろうか。


 これだけやられるのはゴブリンたちにとっても想定外だったのだろう。ゴブリンどものボスが出てくる。


 半裸で緑色の皮膚を露出させたそのゴブリンは、武器こそ持っていないものの、他のゴブリンより一回りも二回りも大きい。ほとんど人間と同じサイズだ。ボスゴブリンは、ニヤニヤと笑いながら葵の方に進んだ。羽流乃が刀を構えて葵の前に出る。


「陛下には指一本触れさせませんわ!」


 ボスゴブリンはニヤニヤと余裕の笑みを浮かべながら語りかける。


「困るな。こんなにやられるのは許容範囲外だ。俺が出るしかなくなる、女王様よ、部下の躾が悪いんじゃないか?」


 葵も飄々と応えた。


「残念ながら彼は、僕の言うことを聞いてくれるほど大人しい人じゃないからねえ」


「ほう……」


 ボスゴブリンがシンの方を向く。シンは槍を構え、ユニコーンにいつでも突撃できる体勢をとらせる。


 ボスゴブリンの顔を見て、シンは唇を噛む。


「どうしておまえなんだよ……。斑夫!」

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