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18 帝王の器

 マモン・ドラゴンが吐き出した特大の火球が、ベルゼバブを襲う。ベルゼバブをぎょろりとにらむマモン・ドラゴンの黄色い瞳は、勝利を確信しているように見える。しかし、ベルゼバブはこの窮地でも笑っていた。


「アホぬかせ。ウチはこれくらいでは死なんわ」


 強風がいきなり吹きつけ、火球を押し返さんとする。さすがに止めることはできないが、一瞬だけ火球の勢いが鈍った。そこを逃さず、ベルゼバブの体はハエとなって四散する。


「ハハハッ、ありがとう、かえって掃除しやすいわ!」


 マモン・ドラゴンは火炎放射器のごとく炎のブレスを放出し続け、魔方陣からの攻撃魔法もいっそう激しく連射する。勝負あったと思うのは無理もない。か弱いハエは、掠るだけ死んでしまうし、その分ベルゼバブの姿に戻ったときにダメージとなる。ところが事はそう簡単には運ばなかった。


 無数のハエは高速で飛翔し、紙一重でブレスも魔法も避けてしまう。マモン・ドラゴンは必死に炎を浴びせ続けるが、削れたハエの数はごく一部だった。ハエたちは上空で集まって人型を形成し、ベルゼバブの姿へと戻る。


「ほんと、しつこいわね……! どうしてそんなにがんばっちゃってるの? 勝ち目がないの、わかってる? この世界を統べる魔王は私なのよ?」


 マモン・ドラゴンは尊大に語りかける。民主主義なんて話は、とうの昔に雲散霧消していた。今、残っているのは自分こそが一番という、肥大した自尊心だけである。ベルゼバブは失笑を禁じえない。


「ほんまにおまえは頭が緩いやつやな……! おまえなんか、ウチの敵ではないわ」


「あら、股が緩いあなたよりはずっとマシね。ゴミみたいな男と寝て女王になって、何が楽しいの?」


「イケメンばっかり集めて逆ハー作ってたおまえが何を言うてるんや。そのくせ誰とも寝てないんやろ? ビビって処女を捨てられんかったんやな。そこがおまえの限界や」


 マモン・ドラゴンは挑発で応酬してくるが、ベルゼバブは余裕でやり返す。口の勝負でも負ける気はなかった。


「違うわ。私にふさわしい男がいなかっただけよ。魔王にふさわしい伴侶を、すぐに見つけるわ。あなたたちを殺した後でね」


「無理やな。おまえは一人やから。おまえは誰も信用してないねん」


 ベルゼバブの指摘に、マモン・ドラゴンは一瞬ハッと目を見開く。図星だったのだろう。それでも、マモン・ドラゴンの中の重信は減らず口を叩き続ける。


「あなたみたいに、できの悪い男にこびを売る必要ないから。私は一人で完成しているの。だから、あなたたちは私に勝てない……!」


 重信のドヤ顔が透けて見えた気がした。ベルゼバブは、笑うしかない。


「何言うてんねん。おまえ、一人ではここまで来られてないやろ」


 民主主義などというお題目を掲げ、人を集めることで重信はマモン・ドラゴンとしてベルゼバブと対峙できるほどになった。重信一人であれば、魔王の帝国の脅威にはなりえない。


「そっちこそ何を言ってるの? 私は、彼らを利用しただけよ」


 民主主義という正義の御旗で力を得たのに、マモン・ドラゴンとなって民主主義を真っ向から否定する重信は、自己矛盾の塊だ。開き直りにしても酷い。この世界で民主主義など成立しないということを、自分で証明していた。


「ほんまに頭が痛くなるわ。おまえみたいなアホも、こういうことにならんように教育せなアカン。おまえは手遅れやが、おまえみたいなのもぎょうさんおるやろ。救えるだけ救うのが、ウチらの仕事や」


 今回の民主主義騒動は、うまくいかなかった。だから、民主主義など不要。国を預かる者としては、そこで思考停止して終わるわけにはいかない。長期的には自分たちによる独裁王政から、そちらへの転換を目指すべきなのだ。責任ある立場として、どうしていくべきかを真剣に考え、実際に対応していかなければならない。


「ハハッ、できもしないことをやろうとするから、あなたたちは弱いのよ! どんな手段を使っても勝てばいい! そう考えられないのは驕りね!」


「仲間を犠牲にして勝って、その後どうするつもりなんや」


 ベルゼバブは冷たく言い放つ。マモン・ドラゴンが放った小型の翼竜は、敵も味方もなく、のべつ幕なしに人間を襲っている。実際に傷を受けた者が、勝者だからといってマモン・ドラゴンを受け入れられるのか。


「そんなもの、勝てばどうにでもなるわ。後のことを考えて後手後手に回って、負けたら何にもならないもの。負ければ明日なんか存在しないの。権力にあぐらをかいて、忘れちゃってるみたいね!」


 マモン・ドラゴンは目をギラつかせている。まあ、正しい意見ではあった。勝てば官軍だ。負ければ全てを奪われる。


 ただ、ベルゼバブをはじめとする魔王たちは、もうそんな次元では戦っていない。世界を背負うものとして、正しさにもこだわる。そして、必要とあればどんな残虐なことでもする。批判も甘んじて受け入れる。全ては世界に対して責任を負っているからだ。矛盾など些末な問題である。


「確信したわ。勝つのは私……! だって、あなたは甘っちょろすぎるもの!」


 マモン・ドラゴンは吠えるが、ベルゼバブは冷笑するだけだった。ベルゼバブは静かに、厳かに告げる。


「おまえ、バカなのにも程があるで。おまえ、もう負けてるから」


 ベルゼバブが何の意味もなく舌戦に応じるわけがない。もう勝負はついていた。次の瞬間に、マモン・ドラゴンの中の重信は青ざめることになる。

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