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17 剛vs柔

 気付けば、小型の翼竜の集団が空を埋め尽くしていた。翼竜たちは太陽を背に脚部の鋭い爪をギラつかせ、大通りを通せんぼするように陣を張っていた冬那たち目がけて弾丸のように急降下してくる。装飾された鎧で着飾り、馬上からウンディーネ軍を指揮していた冬那は、はっきりとその姿を視認する。


「上から来ます! 迎撃してください!」


 何か考えるより前に、冬那の口はひとりでに動いていた。サラマンデル軍と一緒に招集していたウンディーネ軍は少数だが、女王を守るための精鋭である。動揺はあったが一瞬で静まり、各々翼竜を迎え撃つ。


 騎士たちの魔法、銃兵たちの鉄砲は次々と翼竜を撃ち落とす。冬那自身も指輪の魔力で氷の銛を作って撃ち出し、数体を葬った。飛べなくなった翼竜が、次々と市街地に墜落して消える。


 それでも全滅には全く至らない。翼竜は兵士も反乱分子も市民も区別することなく襲った。ウンディーネ軍は追い払おうと奮戦する。翼竜は口から小型の火球を吐き出し、空から攻撃を始めた。空からの爆撃で、軍には動揺が走る。


「大丈夫! 私に任せてください!」


 冬那は降り注ぐ火球へと正確に水の塊をぶつけていき、無効化する。歓声が上がり、兵士たちは俄然元気になる。よく観察していればわかるが、翼竜が使える炎のブレスは、すぐに減衰して消えてしまう。鉄砲や、人間が撃ち出す魔法の方が射程は長い。ウンディーネ軍は、周囲の翼竜たちに関しては圧倒する。


 それでも、多勢に無勢だった。暴徒化していた市民には、翼竜の爪や牙に裂かれ、喰われる者が続出する。炎のブレスを喰らって全身燃え上がる者もいた。翼竜の強さは武器さえ持っていれば大人が撃退できる程度だが、丸腰の市民が戦うのは無理がある。


「王国軍は何をやっているんだ! 市民を守れ!」


「市民を守れない王国に価値はない!」


「これは魔王の仕業だ! 同志恭子は、我らのために魔王と戦っているのだ!」


 重信に乗せられて暴れていた不穏分子たちは、支離滅裂に叫ぶばかりだった。控えめに言って、ムスカ市街は地獄と化している。この状況を逆転させられるのは、魔王の力だけだ。


「頼みますよ、麻衣ちゃん先輩……!」


 すでに冬那は感じていた。海上で、麻衣の魔力が膨らんでいく。シンと麻衣は、魔王として重信を打倒しようとしている。


 冬那は当面、シンの元に駆けつけることはできそうにない。羽流乃も同じ状況だろう。麻衣とシンを信じるしかない。祈るような気持ちになりながら、冬那は目の前の敵と戦い続ける。



「世界に満ちるは風の力! 背負いし罪は命を守る暴食! 蘇れ、魔王ベルゼバブ!」


 シンは麻衣の小さな背中に腕を回し、そっと口づける。麻衣の体が無数のハエとなり、風の中に消える。構わずマモン・ドラゴンは炎のブレスを吹きつけてくるが、一際強い風がごぅと吹いて、散らしてしまった。


 風も炎も消えたとき、そこにいたのは風の魔王ベルゼバブである。


「自分の弱さを認めたとき、暴食は分け合う強さに変わる……! 懺悔するんやで、自分がやってきたことの全てを……!」


 漆黒の翼を広げ、金銀宝石で身を飾った麻衣にうり二つの魔王は、緑の外套を風になびかせながら不敵な笑みを浮かべる。


「懺悔するのはあなたの方でしょ? 私にひざまずかなかったことを、たっぷり後悔するといいわ!」


 マモン・ドラゴンは顎を開いてベルゼバブを丸呑みにしようと突っ込んでくる。巨体が巻き起こす風圧だけで、ベルゼバブは枯れ葉のように吹き飛んでしまいそうだ。ベルゼバブは闘牛士のようにひらりと交わして反撃する。


「『風の弾丸』!」


 ショットガンのように大量のウジ虫を射出する。埋め込むことに成功すれば、エナジードレインで一気に相手を弱らせることが可能だ。しかし、マモン・ドラゴンの堅い鱗に弾かれてしまった。


「フフッ、そんな小技、私には通用しないわ!」


 目を狙って撃ってはいたが、見透かされて簡単に避けられていた。鱗に覆われた部分には当たったが効果はない。マモン・ドラゴンは再び炎を吐き出しながら突撃をかけ、ベルゼバブは避けながら『風の刃』を放つ。


 そこら辺のモンスターであれば真っ二つにしてしまうかまいたちは、マモン・ドラゴンには全くダメージを与えられない。狙うのであれば、目か薄い膜が張っているだけの翼だろう。だが、見え透いてしまうのではずされる。


「そよ風でも吹かせてくれたのかしら? ちょっと涼しかったわね」


 ベルゼバブを嘲笑いながら、またもマモン・ドラゴンは芸なくまっすぐ襲いかかってくる。巨体故に小回りは利かないが、スピードはすさまじい。ベルゼバブは間一髪でブレスを回避するが、マモン・ドラゴンは太い腕を伸ばしベルゼバブを鷲づかみにしようとする。ベルゼバブは体を無数のハエに分解して抜け出した。


「ほんと、ハエみたいにうっとうしいやつね……! これならどうかしら?」


 マモン・ドラゴンの背後に、また魔方陣が展開される。魔方陣からは炎やら雷やらが飛び出し、ベルゼバブに向かって降り注ぐ。


「そんなもん、当たるわけないやろ!」


 ベルゼバブは急旋回を繰り返して全て避ける。ハエになって無効化できるのは物理攻撃だけだ。喰らってしまえばさほど耐久性が高いとはいえないベルゼバブは、一発でノックアウトされかねない。


「あら、逃げるのに必死で、手が出てきてないわよ? 死になさい」


 回避に集中するあまり、攻撃することが全くできていなかった。いくら効果が見込めない豆鉄砲でも、なければマモン・ドラゴンはやりたい放題になる。敵を自由にした代償は大きかった。


 ベルゼバブの逃げる先を予測して、マモン・ドラゴンは巨大なあぎとを開いていた。溜めに溜めた特大の火球が、マモン・ドラゴンの口から発射される。逃げようにも周囲は魔法の弾幕で埋め尽くされている。


 万事休す。そんな状況に追い込まれてなお、ベルゼバブは笑っていた。

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