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16 マモン・ドラゴン

「フフフ……! これが魔王の力……! 私こそがこの世界の覇者にふさわしい! ひざまずきなさい!」


 直接頭の中に声が聞こえて、茫然自失としていたシンはハッと我に返る。声の主が誰なのか、考えるまでもない。眼前に立ちはだかる漆黒の巨竜の左手薬指には、見覚えのある指輪が巻き付いていた。邪竜のサイズに合わせて巨大化しているので、本来美しいデザインのはずがグロテスクである。


「重信……なのか?」


 シンの問い掛けに対し、彼女は高笑いで答える。


「ハハハハハッ! そうね、そうだわ! かつて私は重信恭子という名前の人間だった! でも、今は違う……! この世界を統べる本物の魔王よ!」


 重信がドヤ顔で言っているのが、鉄面皮の竜の姿でもわかった。そして重信は、不遜にも言い切ってしまう。


「神代シン! あなたは偽物の魔王だわ! だって私より弱いんだもの! 私こそが真の魔王……! そうね、マモン・ドラゴンとでも名乗らせてもらおうかしら……!」


 力を手に入れた重信は有頂天だ。しかし、シンとしては同意しかねる。みんなの力を合わせてサタンエル・サルターンとなれば、今の重信でも強引にねじ伏せられるだろう。ノータイムでシンを代弁して、麻衣がジャブを浴びせる。


「重信、ウチらをなめすぎや。化け物になって舞い上がってるんか? ウチらがおまえなんぞに負けるわけないやろ。親が泣くで?」


 麻衣は重信をせせら笑う。完全におちょくるような口調だった。


「さっさと指輪を捨てろや。そしたら人間に戻れるやろ。今ならアズールの先の先の未開拓地に追放、くらいで許したるわ。お仲間と一緒にな」


 低い、ドスの利いた声が嵐と稲光の中で響く。単なる罵倒で終わらず、麻衣はさりげなく降伏勧告していた。重信もただの馬鹿ではないので、麻衣の発言の意味は理解しただろう。その上で、重信は麻衣の言葉を鼻で笑い飛ばした。


「フフフフフッ、何を言ってるの? あなたたちごときが私に勝てるわけないじゃない。知ってるわよ。あなたたちは四人揃わないと、最大限の力は発揮できない……!」


 サタンエル・サルターンにはかなわないかもしれないが、単体の魔王になら勝てる。重信はそう言っている。


 あながち的外れでもないかもしれない。指輪の魔力と、邪竜の肉体は完璧に融合している。無限の魔力で必殺級の魔法を連発できるサタンエル・サルターンならともかく、普通にやってマモン・ドラゴンの頑強な巨体を破壊するのは骨が折れそうだ。


 けれども、それは戦局に影響しない。シンはニヤリと笑う。


「そうだな。でも、ここにはみんな揃ってるんだぜ……? すぐに集結できるさ」


 シンたちは海に出ているが関係ない。羽流乃も冬那も、これくらいの距離は難なく飛び越えてくる。その時間は、麻衣と一緒に風の魔王となれば余裕で稼げるだろう。


「そう。本当にできるならやってみれば?」


 マモン・ドラゴンが巨大なあぎとを開く。シンはとっさに反応していた。


「水の力に地の支配! 氷よ、防げ!」


 分厚い氷の壁がそり立ち、マモン・ドラゴンが放った炎のブレスを受け止める。生半可な魔力では保たないので、シンは指輪の魔力を全開にする。周囲の海が凍り付き、シンたちの船も氷塊に覆われる。


 氷の壁は水蒸気を噴き上げて溶解しながらも炎をシンたちのところには届かせず、盾としての機能を果たした。しかしながら、マモン・ドラゴンはすでに次の一手を放っている。暴風で水蒸気が飛ばされた後、シンの視界に飛び込んできたのは翼竜の大群だ。マモン・ドラゴンの背後には無数の小さな魔方陣が展開されていて、爪と牙を備えた小型の翼竜が次々と出てくる。丸っこい頭は黒光りしていて、不気味である。即座にシンは対応した。


「火の力に地の支配! 雷よ、焼き尽くせ!」


 シンの左手で、火の指輪と地の指輪が輝いた。まばゆい雷が空を覆い、周囲の翼竜を焼き尽くす。虫か何かの大群のように空間を埋め尽くす黒い翼竜は、人間の大人より一回り小さいサイズでしかない。シンの雷に打たれれば、ひとたまりもなく即死だ。


「行かしたらアカン! 全部撃ち落とすんや!」


 麻衣も命令を出し、甲板の銃兵たちは空に向かって弾丸を見舞う。一発や二発当たっても効果は薄いが、それでも何匹かは倒せた。やはり翼竜は普通のモンスターと比べても弱い。普通の兵士でもしっかり火力を集中すれば倒せそうだ。羽流乃や冬那なら、一人でも問題なく対処できるだろう。


 しかし、やたらと数だけは多い。シンの魔法と甲板からの銃撃で削れたのはごくわずかだ。ヨハネの黙示録では、終末のラッパが鳴り響くとき、イナゴの群れが空を覆い尽くすという。それを彷彿とさせる風景だった。翼竜たちはムスカの市街を覆い尽くし、順次着陸していく。


「紅羽流乃と黒海冬那の二人は、まだ陸の上でしょう? いつになったら、こっちにこれるのかしらね」


 マモン・ドラゴンは楽しそうである。なるほど、すさまじい逆境に見えなくもない。だが、シンは笑顔を見せた。


「俺と麻衣を舐めすぎだ……! 後悔しても知らねえぞ?」


「ハハッ、この私に刃向かったことを後悔なさい!」


「いや、後悔するのはおまえやで」


 マモン・ドラゴンとしては狙った状況に持ち込めている。だが、盤面ごとひっくり返して見せよう。シンと麻衣には、その力がある。

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