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15 邪竜の復活

 ジョスの告白により、重信の居場所が海上であることはわかった。だが、親玉だけを仕留めるのなら片手落ちだ。町で隊列を組んでたむろしている不届き者たちも掃除してしまわなければならない。


「行きますわよ! たとえ丸腰でも容赦する必要はありません! 一人残らず、叩き潰します!」


 羽流乃は帝都レオールより呼び寄せた近衛騎士団を率いて、ムスカの市街に乗り込む。悠然と通りに姿を現した騎士たちを見て、さすがのデモ隊もざわめいた。


「俺たちを武力で弾圧するつもりか!」


「王家は横暴だ!」


「現王家はサラマンデルの主にふさわしくない!」


 たちまち罵詈雑言が飛んでくるが、羽流乃が表情を変えることはない。平常心で、配下を指揮するだけだ。麻衣の使い魔から重信の情報を聞いて、すでに覚悟は決めている。今頃、重信の船はシルフィード海軍の総攻撃を受けているだろう。


「銃兵、前へ!」


 騎士だけで市街地に乗り込んだりはしない。当然、歩兵を随伴させている。羽流乃の号令に従い、マスケット銃を携えた歩兵たちが前へと駆ける。銃兵隊は整然と隊列を組んで銃を構え、デモ隊を射程に捉える。


「軍は俺たち市民を撃つのか!?」


「市民を守るのがおまえたちの仕事だろう!?」


「軍が守るべきなのは王ではなく、市民だ!」


「ムスカはムスカ市民のものだぞ! 魔王のものではない!」


 デモ隊の先頭にたつ若者が声を張り上げる。一見、もっともらしい主張だ。しかしながら重要なのは、誰が言ったかという部分である。


「お黙りなさい! 不届き者のよそ者ども! あなたたちは、この地の出身ではないでしょう!」


 デモ隊の中心になっている者たちの素性はわかっている。ほとんどがサラマンデル国内の没落貴族の子弟だ。ムスカとは縁もゆかりもない者ばかりである。


「些末なことだ! ムスカ市民は我らの思想に共鳴している!」


 言い返されても、羽流乃がひるむことはない。堂々と命令するだけだ。


「たとえ生来のムスカ市民でも、よそ者の不穏分子の扇動に乗った時点で同罪です! 我が名において命じます! この痴れ者どもを皆殺しにしなさい!」


 近衛の銃兵隊は、ためらうことなく引き金を引いた。甲高い破裂音で鼓膜がびりびりと震え、黒煙が視界を覆う。気にすることなく後ろに控えた第二陣も前に進んで発砲し、第三陣も続いていく。


「やりやがった! やりやがったぞ! 王家は民主主義を踏みにじる気だ!」


「だめだ、逃げろ!」


「クソッ、ムスカはムスカ市民のもののはずなのに……!」


「銃だ! こっちも撃ち返せ!」


 悲鳴と怒号が飛び交う。民主主義なんて、圧倒的な暴力の前では何の役にも立たなかった。この世界では死ねば転生するだけだが、絶え間なく弾丸を浴びせられ続け、人間に転生できず虫やネズミになって散ってしまう者が続出する。市内に武器を持ち込んでいる者もおり、一部は反撃しようとするが、許すはずがない。


「続きなさい! 突撃です!」


 羽流乃は騎士たちを引き連れ、デモ隊の中に躍り込む。鉄砲で反撃しようとする者もいたが、炎の魔法をぶち込んで黙らせた。たちまちデモ隊の隊列は崩壊し、散り散りに逃げ惑う。騎士たちは無理に追うことはない。逃げた先には冬那が率いる部隊が待ち構えているのだ。どのみち終わりである。


 地元民も相当数混じっているが、関係ない。『マモンの使徒』の尻馬に乗って羽流乃たちに刃向かったのだ。反乱の連鎖を起こさないため、決して許すわけにはいかない。


「一人たりとも逃がしてはなりません! 徹底的にやってしまいなさい!」


 近衛騎士も銃兵も、機械のように黙々と攻撃を続ける。周囲の民家には火がつき、煙がもうもうと上がっていた。それでも羽流乃が攻撃停止命令を出すことはない。帝国の平和のため、ムスカを焼け野原にしてでも、『マモンの使徒』は殲滅する。


「畜生……! ムスカは俺たちの町なんだ……!」


 戦意喪失して座り込み、縄を掛けられた男が滂沱と涙を流す。捕虜をとる余裕があるくらいに、帝国軍は圧倒的だった。彼は正しいのかもしれない。だが、帝国全土の平和と天秤に掛けることはできない。自分が正しくないことを知りながら、羽流乃は毅然と顔を上げる。


「シン君と麻衣はうまくやったのでしょうか……?」


 海の方角を見て、羽流乃は一人つぶやく。何事もなく、終わってくれればいいのだが。



 何事もなく、終わるわけがなかった。地響きのような音ともに海が荒れ始め、空が暗くなる。晴天だったはずなのに、真っ黒な雲が空を覆い、雷鳴が轟いていた。明らかに人知を超えた天変地異が起こっている。


「ダメだったか……」


 シンはつぶやくが、驚きはない。予定調和だとさえ感じる。シンは激しく揺れる船上で、陸地の方に目を向けた。ムスカ郊外の山中から、巨大な光球が宙へと浮かび上がるのが視認できた。


「あれが邪竜……!」


 光の中には、漆黒の鱗で覆われた巨大な竜の姿があった。竜は翼と尻尾を丸めて眠っているような感じだ。まだ覚醒してはいないのだろうか。なら、今のうちに倒してしまえば……!


 シンは甘い期待を抱くが、すぐに打ち砕かれた。嵐が巻き起こり、船に暴風と突き刺すような雨が叩きつけられる。ひときわ大きく船が揺れ、シンは甲板の縁に捕まって耐えた。視界に広がる荒れた海の様子に、シンは目を剥く。


 海面が真っ二つに割れて、海底の岩場が覗いていた。岩場には撃沈された重信の船の残骸が、無秩序にばらまかれている。この分だと重信は確実に死んでいるはずだ。


 しかし、世界の負の感情を集め続ける指輪は、時に信じられない奇跡を起こす。小さな光球が、蛍のように積み重なった船の残骸からふわりと浮き上がった。光球の中に見えるのは、指輪をはめたまま死んだように眠る重信だ。重信の体には傷一つなく、かすかに呼吸もあるのが見て取れる。


「アカン、撃ち落とすんや!」


 マストから垂れたロープにしがみつきながら、麻衣は叫んだ。甲板でマストや縁に掴まっていた銃兵数人が、散発的ながらマスケット銃から銃弾を放つ。


 だが、銃弾は重信に当たらない。数発は直撃コースをとったが、重信を包む光球に近づくと途端にスピードを失って落下してしまう。二つの光球はゆっくりと接近して一つになり、重信は竜の体内に吸い込まれる。


 その瞬間、竜は目を見開いた。黄金色のぎょろりとした瞳が、シンたちを捉える。丸まっていた背中が徐々に伸びていき、筋肉を束ねた太い手足に力が戻る。竜は広げた翼をはためかせ、嵐の中で飛翔する。巻き起こした風で雷雲さえも吹き飛び、まばゆい光が差した。海は未だ、真っ二つに割れたままである。


 シンは今さらながらに、灯台守の古老の言葉を思い出した。「邪竜は天を切り裂き、海を割り、大地を震撼させる」。平和になったはずのこの世界で、魔王に比肩する存在が現れ、シンたちの前に立ち塞がっていた。

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