14 裏切り
「……というわけで、面会の約束だけしてお引き取りいただきました」
ジョスは死人のように青い顔で冷や汗を垂らしながら説明を終えた。ニヤニヤしながら麻衣は爆弾を投げ込む。
「ほ~ん、あんた、ウチらを裏切ろうとしてたってことやな?」
「……」
ジョスは麻衣に目を合わせられても微動だにせず、何も抗弁しなかった。敵のボスと密会しようというのだ。事実上、裏切っているも同然である。
「まあ、ええわ。入ってきたってことは、ウチらに協力するつもりがあるってことやろ?」
「もちろんです。私は陛下の忠実な僕ですので……」
ジョスはすました顔をしてシンたちの前でひざまずいて見せる。ジョスは迷っていたが、麻衣がようやく来たことで残留の決断をした。そういうことだろう。
「なら、話は早いわ。あんたがウチらを重信のところに案内するんやで」
「お、おい……。性急すぎるんじゃないか?」
シンは思わず口を挟む。話を一気に進めすぎだ。麻衣の力があるなら、もう少し時間を掛けてもいいのではないか。しかし麻衣はシンの意見を真っ向から否定した。
「そんな悠長なことを言ってる場合やないわ。ここは一気呵成に決めてしまうべきや。でないと帝国全土に飛び火して収拾がつかんくなる」
麻衣は言い切ってしまう。羽流乃と冬那も口々に同意した。
「そうですね。私もここが正念場だと思いますわ。この期に及んで足踏みするのは無駄です」
「私もそう思います。やっとチャンスが回ってきたんですから、一気に行きましょう」
「でもなぁ……」
シンは腕組みしてうなる。今ひとつ乗り切れないシンを見て、麻衣はニヤリと笑った。
「シンちゃん、ためらってるのは重信のお題目のせいやろ?」
「……まぁ、そうだな」
シンは不承不承ながら首肯する。重信は民主主義を錦の御旗にしているが、本気かどうか極めて怪しいことは理解している。それでも、できることならシンも民主主義を尊重したいのだ。
「なら、一緒に行こうや。あいつがほんまはどう思ってるか、聞かせてもらえばええねん」
○
そしてシンは麻衣とともに無数のハエに姿を変えてジョスを追跡し、重信が本拠とする軍船に潜り込んだ。
「それがおまえの本音か。だったら、遠慮する必要はなさそうだな」
やはり重信は民主主義を大義名分としているだけだった。シンが手加減する必要は一切ない。
「謀ったわね……!」
忌々しげに重信はシンをにらみつける。シンの背後からひょっこりと麻衣が顔を出し、周囲を見回す。
「船とはよー考えたな。でも、やりやすくてええわ」
敵地のど真ん中ではあるが、シンも麻衣も重信たちを恐れることはなかった。当たり前だ。ライオンが羊の群れに囲まれても、恐怖を覚えることなどありえない。
「今、降伏するなら命だけは助けてやる」
「あら、民主主義を冒涜する気?」
「民主主義を冒涜しているのはおまえだろ」
重信ははっきりと顔を引きつらせながら言い返すが、シンは毅然と受け止めるだけである。シンには手心を加える気など毛頭ない。帝国を揺るがそうとする敵であれば、かつての同級生だろうと容赦なく血祭りに上げる。これまでだって、そういう風にしてきた。
思い返せば、シンは平和ボケしていたのだ。昔のシンなら、どんな大義名分を掲げていようと関係なく魔王の力を振るっていた。内乱を企てる相手の言い分を聞く必要などない。被害が最小限となるよう、迅速に叩き潰すだけだ。
「いいわ。決着をつけましょう! 指輪の力を見せてあげる……! そこのチビ一人しか来てないなら、楽勝だわ!」
ヤケクソなのか、重信は刃向かうことを選んだ。魔王が一人なら確実に勝てると思い込んでいるようである。シンと麻衣に付き合う義理はない。
「そうかよ。俺が相手するまでもねーな」
「キャアッ!」
「な、なんだこれは!」
部屋の中にハエの大群が入り込む。突然のことに、重信たちは慌てるばかりで対処できない。重信は悲鳴を上げて転げ、取り巻きたちも狭い船内で魔法をぶっ放すわけにもいかず、腕を振り回りてハエを追い払おうとするばかりだ。その隙にシンは麻衣とともにジョスを連れて甲板に上がり、脱出を試みる。
「火の力に水の力! 蘇れ、不死身の肉体!」
シンはドラゴンを呼び出して飛び乗り、上空へと離脱した。追跡なんてできないし、させない。すでに重信の船を、数隻の軍船が包囲しようとしていた。
「手はず通りやな!」
麻衣はシルフィード海軍の働きを見て満足げにうなずく。麻衣は一人でムスカまで来たわけではない。グレート=ゾディアックの王宮に戻る動きを見せれば、すぐに察知されてしまう。手札を増やす必要性もあった。麻衣は海軍を率いてアクエリオに向かうと見せかけ、そのまま船でムスカに急行していたのである。
艦隊の主力は公表しているとおりアクエリオへと航行させており、麻衣とともにこちらに来たのは小型のコルベット数隻だけだ。それでも、チンケな輸送船の一隻を沈めることくらい造作もない。シンたちはシルフィード海軍のコルベットの甲板に着陸し、戦闘の推移を見守る。
すぐに耳をつんざく轟音とともに砲撃が始まった。重信の船も自衛用に隠していた大砲で撃ち返してくるが、小口径な上に二門しかない。勝負になるはずもなかった。一発も当たらないうちから数発を被弾し、重信の船は黒煙を上げる。
そうして速度が低下すれば、もう終わりだ。砲撃が激しすぎて、誰も船内から脱出することもできない。次々と砲弾は重信の船に飛び込み、粉微塵に粉砕していく。マストが根本からぽっきりと折れ、甲板は火の海だ。
シンたちが見ている前で、重信の船は真ん中から二つに割れ、轟沈した。真っ白な水しぶきが船が噴き上げる黒煙を覆う。重信も指輪も、一緒に海の藻屑になったはずだ。シンたちが自分で戦わず、海戦でケリをつけたので、魔力の放出もさほど大きくない。邪竜を眠らせたまま勝ったと思いたい。
「やったか……?」
船縁からシンは身を乗り出す。「アカン、それはフラグや」と麻衣は言うが、我慢できなかった。




