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12 本心

 いつにも増して青い顔をしたジョスが、シンに申し入れる。


「……少し私は外に出てきます。地元の者と話をしてみようと思うのです。ムスカは我が領土。このまま何もせずにいるわけにはいきません」


 麻衣の到着がいつになるかわからない、という連絡があった直後だった。シンたちが打つ手なしなのは公然の秘密なので、口には出さないが屋敷のメイドたちさえ動揺している。シンたちが追い込まれているのを見て、ジョスも自分で動く気になったのだろう。簡易玉座に腰掛けるシンは、ひざまずくジョスに許可を出した。


「おう、いいんじゃねーか。なんなら俺も行くぜ?」


 逆にシンは言うが、ジョスは顔を上げてすさまじいスピードで首を振る。


「い、いえ、それには及びません……! 私一人で充分です!」


「そうなのか? 遠慮しなくていいのに」


 そこまで嫌がるなら無理強いもできない。シンは館の正門へ向かうジョスの背中を見送った。心労のせいか、歩き方がヨレヨレである。ジョスは憔悴しており、歩いているだけで震えていた。


「大丈夫かな?」


 シンは心配してやっぱりついて行こうかと思案するが、冬那が止める。


「先輩、やめておきましょう。私たちがいると、できない話をするつもりなんでしょう」


 そういうことなら、シンは大人しくしていよう。少々頼りなくは感じているが、ジョスが事態を打開してくれる可能性もありそうだ。


「本当に、私たちのためになる話をしてくれるのでしょうか……?」


「まさか裏切るわけないだろ」


 羽流乃は腕組みして目を細める。その懸念に対して、シンはあくまで楽観的だ。しかし羽流乃はそこまで純粋に臣下を信じていない。


「だといいのですが……」


 証拠が何かあるわけでもないので、それ以上話が進展することもない。ここ最近の情勢からすれば、羽流乃が不安になるのも仕方ないことだろう。だが、シンたちが憶測で臣下を疑い始めたらいよいよ終わりだ。これ以上、羽流乃も何も言えない。羽流乃は嘆息して、話は終わった。



「ようこそ、我ら『マモンの使徒』の城へ。歓迎するわ」


「まさか、こんなところを本拠にしていたとは……! 陛下たちにも見つけられないわけです」


 用意させた金ピカの玉座に掛け、眉目秀麗な没落貴族の子弟を左右に侍らせ、重信は男を迎える。床がぎいぎいと鳴る薄暗い一室だが、玉座だけでもかなり雰囲気は変わってくるものだ。ついでに美少年たちのイケメン力で圧倒してやる。小太りの男は青白い顔で不安げに周囲を見回した。


「フフフ、私たちにはそれだけの力があるってことよ。どっちにつくべきか、理解したでしょう?」


「……」


 重信は不敵に笑うが、目の前の男──ジョス・モンターニュは黙して語らない。迷子になった小学生みたいな顔をして、震えているだけだった。いきなり『マモンの使徒』の本拠地に招待されておびえているのだと思われる。


 無理もないことだ。穏やかにではあるが、部屋全体が揺れている。重信はもう慣れてしまったが、ジョスはそうではない。


「……沖合だというのに、揺れるものですね」


 窓がないのをわかっていながら、ジョスはふらふらと壁に視線を這わせる。ジョスは港湾都市ムスカの領主であるが、船に乗った経験はあまりないのだろう。加えて、軍艦並みの大型船というわけではないので、揺れは大きい。


 重信たちが本拠としているのは、中型の輸送船の一角だった。没落貴族の党員が提供してくれたものだ。退役した軍用船で少々古いが、商船としてはまだまだ使える。ジョスには、小型船でここまで運んで乗り換えてもらった。


 資金稼ぎも兼ねてアリエテとムスカの間を実際に往復しているので、怪しまれることはない。必要があれば荷物の積み下ろしという名目で、しばらく港に留まることもできる。風魔法を使える貴族たちを乗船させてムスカには命令を届けており、指揮所として申し分ない。


「慣れればむしろ気持ちいいくらいよ? 最初は抵抗があってもね」


 重信は笑顔で言い放つ。慣れてもらわなければ困るのだ。現役の貴族であるジョスが寝返れば、他の貴族たちも動揺するだろう。そこで『マモンの使徒』が何らかの形で勝利を収めれば、おそらく裏切りの連鎖が発生して帝国は一気に崩壊する。逆に、そのルートに入れなければ、長期戦を覚悟しなければならない。


「神代たちを殺せとは言わないわ。でも、追い出すくらいはしてくれると思ってる。ここに来たということは、そのつもりなんでしょう?」


「訊きたいことがあります……」


 重信は尋ねるが、ジョスは首を縦には振らなかった。ジョスは今にも倒れそうなくらいに真っ青ではあるが、しっかりと重信の目を見て、逆に質問してくる。いったい何が不満なのか。


「『マモンの使徒』は民主主義ということを主張しています。平民による選挙で領主を決めるのだと……。正直な話、それは困るのです」


 ジョスは目を伏せ、小刻みに震えながらもぼそぼそと主張する。


「選挙をされたら、私はおそらくこの地の領主ではいられなくなってしまう……。それではご先祖様に申し訳が立ちません……。そこの皆様も困るのではないですか?」


 ジョスは重信の周りに控える元貴族の美少年たちを見回す。彼らはきょとんとして顔を見合わせた。自分たちが選ばれない可能性があるなど、考えたこともなかったようだ。まあ、余計なことを考える必要はない。側近たちが何かを言い出す前に、重信は答えを返す。


「そんな心配は無用よ。だって、どうとでもなるもの。私たちは新聞とラジオを抑えてるんだから……!」


 ストレートに不正選挙を行う必要さえない。実態にかかわらず、ジョスが革命のキーマンだったのだと報道すればいいだけだ。民衆はだまされていることにも気付かず、喜んでジョスを持ち上げるだろう。重信の塩梅で、当選者はいくらでも操作できる。


「それは民主主義なのですか……?」


 ピンとこないようで、ジョスは首をかしげる。笑って重信は言った。


「違うでしょ。でも、いいじゃない。勝つのは私たちなんだから」


 さて、ジョスはどう反応するだろう。重信のお題目を本気で信じていて怒るのか、現実を見て従うのか。しかし、言葉を返したのはジョスではなかった。


「それがおまえの本音か。だったら、遠慮する必要はなさそうだな」


 音を立てて部屋のドアが開く。すえた匂いのする薄暗い船室に、新鮮な外の空気が流れ込み、光が差す。そこにいたのは、神代シンだった。

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