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11 溢れる寸前のグラス

 シンたちは完全に重信の掌の上で遊ばれていた。町中でのデモは激化し、どこからともなく重信に共鳴した活動家とやらが現れて参加者はどんどん増えていく。港には連日のように船が来て、積み込まれた活動家たちを降ろしていく。


「魔王どもはムスカから出て行け! 我らは貴様らを王とは認めない!」


「邪竜は自作自演だ! 魔王どもがこの地に邪竜を仕込んだのだ!」


「ムスカはムスカ市民が治める! そして、サラマンデルはサラマンデル国民が治めるのだ!」


「サラマンデルの王にふさわしいのは、同志恭子だ! よそ者は消え失せろ!」


「邪竜は、同志恭子が討伐する!」


 自分たちも最近ムスカに潜り込んだよそ者だろうに。しかし、ここまで騒ぎが大きくなると、地元民も黙ってはいられない。活動家たちと諍いを起こす者もいれば、王家が悪いとして活動家の中に身を投じる者も出た。


 いずれにせよ、漁はできないし商売もできない。観光なんて全く不可能である。戦争が起こっているわけでもないのに、ムスカの経済機能は麻痺状態だ。ありとあらゆる苦情が、大量にジョスの元へ届いていた。


「あわわ、私はどうすれば……!」


 陳情書の山を見て、ジョスは白目をむきながらのけぞる。シンに直訴しようとして屋敷の前で取り押さえられた者も、そろそろ二桁に達する。ジョスはシンたちが来て以来、溜まりに溜まったストレスで卒倒寸前だ。


 そこで低い地鳴りとともに屋敷が小さく揺れる。また地震だ。慣れたもので、皆手近な家具に捕まり収まるのを待つ。ジョスだけがそのままひっくり返って頭を打ち、悶絶している。揺れがやむと同時に慌ててメイドが駆けつけ、介抱を始めた。


「はっきりと魔力の波動を感じます。邪竜が蘇るのが近いのかもしれません」


 泡を吹いているジョスを見下ろしながら、冬那は言う。苛立ちを隠せない様子で、羽流乃はドンと机を叩いた。


「明らかに外で騒いでいる連中のせいですわね。シン君、もういいのではないですか?」


 何を言わんとしているかは、明らかだ。羽流乃は言葉にしてしまう。


「軍を投入してやつらを一網打尽にしましょう! この期に及んでは、もうそれしかありませんわ!」


「……今は無理だ」


 瞬きを一回するかしないかの、ごく短い逡巡の末に、シンは首を振った。デモは激化しているが、重信が参加していないのだ。親玉を抑えなければ、何度でも蘇るだけである。こちらへの非難が激化して、むしろ悪くなるだろう。


 逆に重信の身柄を抑えられるなら、ためらう必要はない。動かせる間諜を使って探させてはいるが、重信をはじめとする『マモンの使徒』の幹部級の潜伏先はわからなかった。


「麻衣ちゃん先輩さえいれば、どうとでもなるんですけど……」


 冬那は嘆息して天を仰ぐ。無数のハエで情報収集できる麻衣なら、どこにいようと必ず重信を見つけ出せるだろう。『マモンの使徒』は一瞬で壊滅だ。


 シンの脳裏に現世で見たニュースの映像がよぎった。罵声と怒号の中、完全武装した警官隊が、ジュラルミンの盾で暴徒を制圧する。いや、そんなのならまだ平和的だ。シンがやらなければならないのは、戦車が群衆を踏み潰すレベルの蛮行である。


 麻衣がいるならシンはそんな大事件を起こす決断を下さなければならない。少しホッとしている自分がいるのは気のせいだろうか。


「この非常事態に、麻衣はいったい何をしているのですか……!」


 羽流乃はぎりぎりと歯ぎしりする。今日には麻衣が到着する予定だったが、その姿は影も形もない。先ほど、シルフィードでの騒乱が長引いているため遅れるという連絡を受けていた。今度は海沿いでも諍いが起きているということで、麻衣はグレート=ゾディアックから離れてアクエリオに移動しているのだ。大鏡でサラマンデルに転移することができないため、もはやこちらに来られるのもいつになるかわからない。


 シルフィードでの入植者と亜人族の衝突も、重信が仕込んだものだろう。最初から火種はくすぶっていたとはいえ、無駄に手際がよかった。その嫌がらせの才能を他に使えばいいのにとシンは思うが、叶うはずもない。


 剣を使わない戦いで、シンたちはいいようにやられていた。かといって、重信の思い通りになるかといえば、そんなこともない。重信は邪竜への対処が不可能だからだ。事態は誰にも収拾ができないまま、混迷を極めていた。



「フフフ……! 全てが順調だわ! 私たちの覇権までもう少しね……!」


 昼間だというのに日光の入らない薄暗い一室で、限られた側近たちとともに報告を聞いた重信は唇の端が緩むのを抑えられなかった。デモ隊の勢力は増す一方。地元の人間もかなり参加し、軍隊も迂闊にムスカへと近づけない。このままシンたちが滞在するジョスの屋敷になだれ込んでも、勝てしまいそうな勢いだ。


 もちろん、そんなことはしない。その場では勝てても、シンを仕留められないからである。完膚なきまでの敗北をシンに与えるためには、まだ足りない。


「アリエテ、いや、レオールを狙いましょう!」


「今ならあの魔王も倒せます!」


 一緒にテーブルに掛けている幹部たちからは、景気のいい発言が飛び出す。重信は思わず腰を浮かせて乗ってしまいそうになるが、すんでの所でこらえる。自分も含めて、戦勝ムードで浮かれ気分になってはいるが、兜の緒を締めなければ。


「調子に乗りすぎてもいけないわね。まずは足下を固めないと。例の件はうまくいってる?」


 にやけているのは隠せないが、抑えるべきポイントは抑えなければ。ムスカを掌握するまであと一歩だ。ピカピカの制服で着飾った担当者が一歩前に出て答える。


「明日に、約束を取り付けました!」


「よくやったわ……! 場所は、指定通りね?」


「はい! こちらの要望を全て聞くとのことです!」


 得意げな表情で、彼は力強くうなずいた。まだあどけない顔の少年だが、よくやってくれたものだ。男でも美少年にはときめくと見た重信の読みは正しかった。


「決着をつけましょう。彼を取り込めば、私たちの勝ちよ……!」


 いよいよ、神代シンに王手がかかる。魔王どものムスカからの敗走は、目前まで迫っていた。

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