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10 裸の王様

「私の指輪の魔力は、あなたたちと互角よ! ムスカを守るのは、私たち『マモンの使徒』だわ!」


 重信は指をビシッと突き出してポーズを決め、会場には拍手喝采が響く。そんなわけないだろう。こいつらは何を言っているのだ? シンは狐につままれたような顔をする。はったりをかましているような感じは微塵もない。


「哀れなものですわね。私たちとの力の差がわからないなんて……」


 隣で羽流乃がぼそりとつぶやき、シンは理解する。悲しいかな、重信たちには一の力しかないので、百と百万の差を理解できないのだ。ただ、彼女たちはどこまでも本気なので、口で説明されても信じない。わからせるためには、叩きのめすしかないだろう。仮にも会見という形で招集したので、今この場でというわけにはいかないが。


「つまり、あなたたちの存在意義はもう消滅しているのよ! ならば、ムスカの市民に選ばれた私たちがムスカを治めるべき! そうでしょう!?」


「偏向報道で誘導しているだけじゃねーか。馬鹿も休み休み言え」


「民主主義を尊重しろ!」


「我らは現王家を認めていない!」


「民意は我ら『マモンの使徒』を推している!」


 シンは冷静に遮るが、また記者たちが罵詈雑言を浴びせてくる。何度このやりとりをしなければならないのか。本当にうんざりだ。重信は意地の悪い笑みを浮かべて尋ねてくる。


「民主主義を否定はしないのね?」


「言ったはずだ。俺は会見の趣旨と関係ない話はしない」


 シンはそもそもまともに取り合わない。この回答が、この場では正解のはずだ。しかしシンは、どこか居心地の悪さを感じる。


「フフフッ、心のどこかで思ってるんでしょう? 自分が本当に皇帝にふさわしいのか? って。あなたは選ばれたわけじゃないものね。力で王冠を強奪しただけの、醜い化け物よ」


「いい加減にしなさい! 不敬罪で処刑しますぞ!」


 シンの傍らで、ジョスが立ち上がって叫んだ。どうやらプレッシャーに耐えかねたらしい。ジョスは顔面蒼白である。


「不敬なのは、あなたたちの方よ。民意に従おうとしていないんだもの。ムスカ市民が王と認めるのは、神代シンではなく私だわ!」


 また会場に拍手喝采が響いた。羽流乃がシンに目配せしてくる。今、この場でこの連中を皆殺しにしよう。羽流乃はそう言っているのだ。


 シンは小さく首を振って立ち上がる。確かに最善手かもしれない。しかし、口汚く挑発された程度で、そこまでの蛮行を行う気にはなれなかった。


「これ以上、こちらが話すことはない。会見は終わらせてもらう」


 シンは会見の打ち切りを宣言し、裏へと引っ込むべく歩き出す。羽流乃やジョスもそれにならった。「逃げるのか!」と記者たちは口々にヤジを飛ばしてくる。シンたちは完全に無視した。


 実力行使に及ぼうと腰を浮かしかける者もいたが、シンが少し指輪の魔力を放出すると大人しくなった。重信も仕掛けてこようとはしない。口ではああ言ったが、戦ってシンに勝てるという確信はないのだろう。正解だ。仕掛けてくるなら、容赦なく皆殺しにしていた。


 衛兵たちが緊張の面持ちで武器を構える中、シンたちは退場した。



「やられましたわね……!」


 ジョスの屋敷に戻り、シンと羽流乃は冬那も含めて三人で客間に引っ込んだ。ソファーに掛け、羽流乃は不愉快そうに眉間にしわを寄せる。


「会場が重信さんたちにジャックされてたなんて……。甘かったですね。ムスカはもう重信さんのものだと思った方がよさそうです」


「はぁ……。やっちまった方がよかったかな……」


 冬那の言葉にシンは嘆息する。あの場で重信を含めて全滅させるのが最善手だったかもしれないと、今さらながらシンは思った。


「それはそれで危険でしょう。強欲の指輪も邪竜も、どういう挙動を示したかわかりませんわ」


 羽流乃は仏頂面で吐き捨てる。重信が魔王化する可能性もあれば、シンの魔王の力に反応して地下の邪竜が蘇った可能性もある。それに、あそこにいたのが『マモンの使徒』とやらの全員ではあるまい。シンたちが手を出していれば、外で大暴動が起きただろう。そうなれば、やっぱり邪竜が復活してムスカを守るというシンたちの目的は達成されない。


「そうだな……」


 シンはそう言ったきり黙り込んでうつむく。八方ふさがりとはこのことだ。重信の土俵で戦うしかないが、なお悪くなる未来しか見えない。


「もしかして、重信さんに言われたことを気にしているのですか?」


 あまりにシンが静かなので、羽流乃はそう思ったのだろう。図星である。シンは答えた。


「あいつが言うことも、一応正論っちゃ正論だからな」


 重信が言うとおり、シンたちは選挙で選ばれたわけではない。実力で王冠を奪っただけだ。どうしても、そこは引っかかってしまう。


 無論、倫理観が中世レベルであるこの世界で成立する理論ではないことはわかっている。選挙制度を導入したところで脅迫、贈賄何でもありとなってまともに機能しないだろう。


 住民のレベルだって、お察しのものだ。きちんと投票までさせたところで、当選するのは頭のおかしい宗教家とか、独裁者にすぐ化ける弁舌家などのろくでもない詐欺師たちに決まっている。


 この世界は政教分離ができていないし、リテラシーという単語さえない。まともに教育を受けているのが基本的に貴族階級だけなので、どうしてもそうなるのだ。根本的に民主主義が可能となる条件が揃っていない。


 人間の力をはるかに超えるモンスターへの対応も含めた国家の運営など、選挙で当選したというだけの人間にできるわけがなかった。実力で君臨しているシンの方が皇帝にはふさわしい。


 それでも現代の日本で教育を受けた人間として、民主主義を否定することはできなかった。自分たちが独断で好き勝手やるのが理想の政体だなんて、言えるわけがない。それが今は最善なのだと頭で理解していても、公言できるほどシンたちは傲慢ではなかった。結果、重信たちを調子づかせるとしてもだ。


「私たちは、潔癖すぎるのでしょうか……?」


 羽流乃はため息とともに天井を仰ぐ。確かに、麻衣なら方便だと割り切って重信の言葉を全否定したのではないかと思う。状況は悪くなるばかりだが、逆転の秘策などない。三人で顔を突き合わせてうなるくらいしかできなかった。

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