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7 じじいの予言

「な、なんですのこれは~~~!」


 翌朝、シンたちの滞在する客間に羽流乃の絶叫が響き渡った。ソファに掛けて紅茶をすすっていたシンは、思わず噴出させそうになる。


「どうしたんですか? うわぁ……」


 冬那は羽流乃が開いている新聞を覗き込み、目を丸くする。シンも立ち上がって見せてもらった。


 でかでかと掲載されているのは、裏通りで新聞を破り捨てる羽流乃の姿だ。昨日の一件さえ盗撮されていたのである。ご丁寧に、皇帝一家が報道を弾圧しようとしている、なんて記事まで添えられている。本当にそうなら、まずこの新聞が世に出ていないだろうに。


 気配を消す魔法も、冬那が使うのでは麻衣のようにはいかない。普通に破られ、発見されている。


「気にしすぎてもしゃーないだろ。そういうもんだと割り切ろうぜ」


 羽流乃は新聞にしわができるくらいに握りしめて、わなわなと震えている。落ち着けるため、シンはポンポンと背中を叩いた。そう言いながらも心穏やかではいられない。この感じだと、何をやっても新聞に載りそうだ。




 開き直って、やることをやるしかない。というわけでこそこそと歩きで調査をするのはやめ、堂々と馬車を使ってシンたちは町中を移動する。ジョスが護衛の騎士を出してくれたのもあり、暴徒に馬車を取り囲まれるようなことはなかった。遠巻きに罵声を浴びせられる程度である。非暴力の方針は徹底されているらしい。そうして数日間、調査と会談を続ける。


 潮目は確実に変わっていた。地元の若者が、デモに参加するようになってきたのだ。ジョスのところにも、これでは騒がしくて漁ができないという苦情がかなりの件数、寄せられていた。武力鎮圧という選択肢が、シンの脳内でちらつく。


「もう我慢なりません。レオールから軍隊を呼び寄せましょう」


 馬車に揺られながら羽流乃は言う。煮え切らない状況が続き、ストレスをため込んでいるようだ。冬那は困り顔を浮かべる。


「こっちから手を出したことになっちゃいますけど……」


 暴動に大義名分を与えるのと同じだ。しかしながら、もう強硬手段以外での沈静化は望めそうにない。


「……話を聞くのも、これが最後だ。今日の感じで決めよう」


 シンは宣言した。今日の行き先が、予定の最後である。散々引き延ばしてきたが、決断することになりそうだ。




「……本当にこんなところに人が住んでるんですか?」


 窓から外の風景を見て、冬那がつぶやく。馬車はどんどん町から離れて、海沿いの郊外へと向かっていた。崖地から眺望できる海と、その先に伸びる岬が見えるばかりである。反対の窓から覗くのは、うっそうとした森だ。岬の先端には、こぢんまりとした灯台があった。


「灯台守のじいさんが、一人でずっと住んでるんだってよ。……何百年もな」


 死のないこの世界でも、百年もすれば魂が摩耗して人は消滅してしまう。生きているというだけで驚嘆に値する人物だった。


 そのじいさんは一貫して開発に反対している。彼が言うのならと、地元の有力者でも開発に慎重になる者がいた。反対の理由はとんちんかんらしいが、年寄りの戯言であると無視することはできない。地元の反感を買いそうである。体裁を整えるため、ヒアリングくらいはした方がいいだろう。


 やがて馬車は目的地へと到着する。近づいてみてもそこまで大きく見えない灯台は、白い塗装がところどころ剥がれて黒く薄汚れている。馬のいななきを聞いて、背中の曲がった老人が、杖を突いてよたよたと出てきた。


「よう、じいさん、邪魔するぜ。今日は話を聞きに来たんだ。少し時間をくれないか?」


 シンはフレンドリーに話しかける。ぱっと見は普通の老人にしか見えない。じいさんはくわっと目を見開き、怒鳴る。


「化け物め! 何をしに来た! わしを食う気か!?」


「食うわけないだろ、何言ってんだよ」


 シンは苦笑いするしかない。今の状態だとシンには魔力がないが、指輪の魔力を嗅ぎ取ったようだ。そもそもシンが皇帝で、この国を統治しているということさえ知らないのだと思われる。フォローのため、羽流乃が一歩前に出る。


「私の旦那が失礼しました。私はハルノ・エゼキエル・クレナイ──この国の女王です。今日はあなたにお伺いしたいことがあって参ったのです。あなたがムスカの開発計画に反対している理由を聞かせてくださいまし」


 さりげなく左手にはめている火の指輪を見せながら、羽流乃は淡々と伝える。サラマンデル女王の話なら聞くだろうという意図だ。


 単なる年寄りならこれで大人しくなるところだが、じいさんは杖を振り回して暴れ始める。


「大地を! 海を騒がせてはならんのだ! このままでは邪竜が復活してしまう!」


 じいさんは酷く興奮している。ボケた年寄りがとち狂っているようにしか見えないが、本人は真剣なので手がつけられない。目を白黒させながら、シンは尋ねる。


「邪龍……? どういうことだよ?」


「封印されている邪竜が復活するのだ……! 邪竜は天を切り裂き、海を割り、大地を震撼させるであろう……!これ以上、この地を騒がせてはならん! 魔王どもよ、無謀な計画は今すぐ止めるのだ!」


「いや、そんな無茶苦茶な……! うおっ!」


 じいさんが吠えた瞬間に、地震でグラグラと大地が揺れ始める。冬那が慌てながら叫ぶ。


「先輩、やっぱりおかしいです! 何か魔力を感じます!」


 シンも感覚を研ぎ澄ませてみる。地震の揺れに合わせて、微力だが魔力を感じた。


「邪龍を復活させればムスカは滅ぶ……! この地は、静かにしておかなければならんのだ!」


 地面の揺れはいっそう酷くなっていく。シンたちは這々の体で退散するしかなかった。

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