6 無職たちの宴
翌日、シンたちは定めた方針通りに動き始める。重信とは絶対に直接接触しない。トラブルにしかならないことがわかり切っているからだ。明確にこちらと敵対しているので、交渉による説得も不可能だろう。
なのでシンたちは地元の有力者の元を巡り、まずは意見を聞くことにした。会議に招集すれば目立ってしまうので、話は個別につける。可能であれば彼らを説得し、こちらの陣営に引き込む。
「これはこれは! 皇帝陛下に女王陛下、お待ちしておりました!」
「こっちこそ、時間をとってくれたことに感謝するよ。話を聞かせてくれ」
地主、網元、ギルドの長……。彼らは一様に山の手に小綺麗な屋敷を構え、ムスカの町を見下ろしている。この地方は地震が多く、しばしば津波や高潮の被害に見舞われるのだ。なので、権力者ほど高台に住んでいる。
「……という感じで考えてるんだけど、どうだろう? 率直に言ってくれて構わないぜ。俺は真摯にみんなの意見を聞きたいと思ってる」
「陛下のムスカ開発計画、私は賛成です。この町は変わらなければならない……!」
意外にも、計画に反対する者は一人もいなかった。すでにムスカにも変化が見られているからである。沖合ではアズール行きの船がいくつも航行しているし、風や海流の向き次第では勝手に湾に入ってきて停泊する。
四州統一帝国全土での人口激増により、この地を訪れる人も増えた。中には移住してくる者もあり、さびれつつあった中心市街も住人が増えて復興している。ジャガイモやトウモロコシ、トマトなど新しい作物を栽培する者も現れた。
シンたちが開発計画を進めるまでもなく、ムスカは変わっていた。民間の資金による開発も少しずつ進められていたところだ。アリエテの造船所からは、独立開業を考える船大工が下見にも来たそうである。
「地元の者は皆、陛下の計画を歓迎していますよ。ぜひ、陛下には計画を推し進めていただきたい……!」
「では、いったい誰が反対運動を行っているというのですか?」
羽流乃は鉄面皮で顔色を変えず尋ねる。このやりとりも、同じように何度も繰り返されたものだ。答えはいつも同じで、うんざりする。
「しばらく前にこの地に来たよそ者たちです。町は、彼らに乗っ取られているのです……」
○
数日掛けて会談を終え、状況ははっきりしていた。シンは深くため息をつくしかない。ジョスの屋敷に帰るため、シンは羽流乃や冬那と裏通りを歩いていた。目立つので馬車などは使えない。シンたちはこそこそ歩く他ない。
大通りは今日も相変わらず開発反対派が騒いでいるので、通行不能だ。もちろんカメラを構えたマスコミも大勢いる。フラッシュがまばらに炊かれて見ていられないくらいにまぶしい。重信の息がかかったカメラマンも、相当数混じっているのではないだろうか。彼らは競って号外をばらまくため、道は捨てられた新聞だらけである。
「全部重信の仕掛けか……」
市街地で騒ぎを起こしているのは、ほとんどがよそから来た者だった。よく考えれば、すぐわかる話だ。先祖代々の仕事を続けている地元民に、真っ昼間からデモや座り込みなどする時間があるわけがない。域外から流入した無職どもが騒ぎを起こしているのである。若者を中心に感化されて参加している地元民もいたが、そう数は多くない。
その無職たちがどこから湧いてくるのか。毎日この世界へと大量にやってくる新転生者ではない。新転生者は大抵シンたちが苦労して敷いたレールに乗って、アズールで元気に働いている。
「まさか追放した貴族たちがつるんでこんなことをしているとは、思ってもみませんでしたわ……!」
羽流乃は苦虫をかみつぶしたような顔をする。すでに騒動を起こしている者たちの素性も掴んでいた。レニエ家のリシュー、マルク家のクロード、オーニュ家のマクシミリアン……。全て羽流乃がサラマンデル女王に即位した後、戦争の主犯として改易した貴族たちの子弟である。
当主とその直系親族は国外の辺境に流刑として二度と復権できないように措置していたが、年若い傍系については別だ。サラマンデル国内に残るのも、当主に従って国外に出るのも自由としていた。シンたちとしては温情のつもりだったが、あだとなった格好である。彼らは重信を中心に徒党を組み、この地でシンたちに挑戦する道を選んだ。
「最初から重信さんは、ムスカに目をつけていたんですね。ちょっと、彼女のことを甘く見ていました」
冬那は嘆息しながらも目を伏せた。調べていくと、重信はシンたちがアズールへの移民計画を発表した直後にムスカで新聞社を設立し、没落貴族に声を掛け始めている。アズールの開発にはムスカが必要不可欠だと先読みして、地盤を作っていたのだ。
新聞社はすぐ軌道に乗り、当初はうまくいっていなかった没落貴族の糾合も強欲の指輪を手に入れたことで急加速した。そして今、『マモンの使徒』とやらは帝国の重大な脅威となっている。
多分、重信にここまでさせる原動力は、ただ目立ちたいという一心である。クソガキのくだらない願望だと笑い飛ばされて終わるのが普通だが、こんな大事になろうとは。すさまじい執念だ。
「全く、わずらわしいことですわ……!」
風で飛んできた新聞をキャッチして広げ、羽流乃は顔をしかめる。一面にでかでかと、地元有力者を訪ねるシンたち一行の写真が載っていた。どこから隠し撮りされたのかわからないが、シンたちは一応お忍びで来ている。情報を流した者がいるのは確実だ。今日会った者の中に内通者がいるのか? 疑心暗鬼になってしまう。
シンは足下に散乱している新聞をいくつか拾い、読んでみる。記事の内容も滅茶苦茶だった。シンたちが貴族と結託して市民を弾圧しようとしている、新転生者を入植させてムスカを乗っ取ろうとしている、というのはまだまともな方だ。ムスカの住民を全員喰らおうとしているだとか、魔王の力でムスカを消し飛ばして港を作ろうとしているだとか、悪い冗談としか思えないものがたくさんある。
「剣を交えれば、一刀両断ですのに……!」
羽流乃は新聞を破り捨てる。口では勇ましいことを言っても、できるのはこんなつまらない八つ当たりだ。そんな程度では、一同の気分が晴れることはなかった。




