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5 強欲の指輪

 為す術なく中心市街から引き上げたシンたちは、当地の領主の屋敷へ向かう。さすがにその辺の宿に泊まるわけにはいかないので、しばらく宿泊させてもらうことにしていたのだ。屋敷は大通りからはずれた山の手にあり、簡単な堀と柵に囲まれてはいるがこぢんまりとしたものである。


「ようこそ、皇帝陛下。何もない我が家ですが、ゆるりとおくつろぎください……」


 屋敷のホールで禿頭で丸々と太った男が、シンたちを出迎える。この地域の領主であるジョス・モンターニュだった。


「しばらく世話になるぜ」


「充分なおもてなしはできませんが、お許しください……」


 ジョスは顔を引きつらせて青い顔をしながらも応対してくれる。多分、ムスカで開発が進んでいないことを糾弾されるのではないかと恐れているのだ。今にも胃に穴が開きそうな感じである。


「泊めてもらえるだけで充分だ。こっちこそ悪いな。俺の知り合いが迷惑掛けてて」


「あとは私たちでなんとかします。あまり気にしすぎないようにしてくださいまし」


 シンと羽流乃はフォローするが、ジョスは真っ青なままだ。あまり効果はなさそうである。


 ジョスは先祖代々ムスカの領主だった。辺境の小領主で戦争にも参加しておらず、しばらく旗色も鮮明にしなかった。スコルピオの戦いでベルナルド朝サラマンデル王国軍が大敗してシンと羽流乃がレオールの宮廷に乗り込み、周囲の領主が恭順の意を示す中、一緒にシンと羽流乃に頭を垂れて本領安堵されている。


 大きな手柄もなければ失敗もない。植物のように、ただこの地で領主として存在し続けている。それが一番大変なのだということを、今のシンはよく知っていた。


「滅相もございません……」


 ジョスは今にも倒れそうである。無難に生き残りを図ってきたのに、ここにきて大問題の当事者となっているのだ。無理もないだろう。話を聞きたいと思っていたが、今日のところは追求するのをやめよう。今は何を言っても、問い詰められているように感じるだろう。あまり追い詰めるとジョスまで裏切るという展開が待っていそうだ。



 シンたちは客間に通されて夕食までの間、くつろぐことになった。調度品は決して豪華なものではないが、年代物のアンティークばかりで、不思議と居心地がよい。ソファーに背を預けたシンは、何の気なしに机の上に置かれた新聞を手に取る。


「はぁ……。こういうことか……」


 紙面を流し読みして、だいたい理解した。これはため息をつかざるをえない。新聞はシンたちへの罵詈雑言で埋め尽くされていた。明らかに、重信の仕業だ。


「彼女は私たちと戦う気なのでしょう。このやり方で」


 羽流乃も嘆息する。こちらの新聞社について、明日にでも裏を洗ってみよう。バックに重信の組織がいるはずだ。


「どうするんですか? レオールから軍を呼んでプチッと潰しますか?」


 冬那はこともなげに言って、シンは顔を引きつらせる。いつからそんなに武闘派になったのだ。


「そういうわけにもいかねーだろ。あっちはまだ手を出してきてはないんだからな」


 こちらから先に仕掛ければ、暴れるお墨付きを与えたのと一緒である。新聞を使った扇動はますます激しくなるだろう。便乗して反乱を起こす領主が現れかねない。せっかくこの世界はシンが統一して、平和になっているのだ。自分から新たな戦乱の引き金を引きたくはない。


「指輪のこともありますし、安易に仕掛けるのは危険ですわね……!」


 羽流乃も顎に手を当てて思案する。そこを考察するなら、シンは頭を抱えるしかない。冬那がシンの疑問を代弁して首をかしげる。


「どうして重信さんが指輪を持っているんでしょうね……?」


 指輪から、ほとんど力は消え失せていた。それでも重信が持っていたのは、紛れもなく強欲の指輪である。てっきり現世で破壊されたものだと思っていた。マモン──業田静香を殺害した後の血だまりと瓦礫の山からは、何の魔力も感じなかったのだ。


「指輪は持ち主と、ふさわしい敵を自分で探しているのでしょう」


 羽流乃は静かに紅茶のカップを傾ける。そうして指輪はこの世界に出現し、重信に拾われたのだ。核ミサイルの発射ボタンが危険人物に渡ったような状況は、必然だった。全く理屈は通っていないが、シンは直感で納得する。


「そういうもんか。でもあいつ、指輪に耐えられんのかな?」


 今、強欲の指輪は魔力を使い果たしてガス欠状態だ。シンたちの指輪であれば、その状態から一晩もあれば完全回復する。世界に蔓延する人間の負の感情を莫大な魔力に変えて。その重量を、重信は受け止めきれるのだろうか。


「無理でしょ。そこまでの意思力は感じないですし。あの子はちょっと目立ちたいだけの痛い子ですよ」


 冬那はばっさりと斬って捨てた。シンは苦笑しながらも、その通りだと感じる。だから、指輪の魔力は回復しないのだ。指輪は今、持ち主を潰してしまってはまずいと考えて、魔力を取り込むのをやめている。


「やっぱり、手を出さない方がよさそうだな……」


 強欲の指輪は自分にふさわしい持ち主を探しているのではないか。そう考えると、拾ったのが重信というのはマシな方だ。重信が所有している限り、指輪が本領を発揮することはない。下手につついて大戦乱になり、その中から指輪にふさわしい傑物が現れる方が怖い。戦いは人を変えるのだ。


「仕方ないですわね。相手の戦略にむざむざ乗るのは面白くないですが、今回は剣を使わない戦い方をしましょう」


 シンが出した結論に対し、羽流乃は不承不承といった感じだが同意した。そういう戦い方なら、一番得意としている麻衣がいないのは痛い。それでも、地道にやって道を開くしかないだろう。過去最高に苦戦を強いられそうだ。

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