25 転生
夜明け前くらいだろうか。それは突然に始まった。
「魔物だーッ! 魔物が来たぞーッ!」
逆さにした金属製のバケツをガンガンと叩く音が村中に響き、シンは飛び起きる。
「マキナさん!」
「聞いてのとおりだ! 逃げよう!」
シンとマキナは身一つで家を飛び出すが、集落はすでに魔物たちに侵入されていた。ゴブリンというやつだろうか、剣やら槍やらで武装した小鬼の一団が、村人を襲っている。
ゴブリンたちは村人たちを捕らえ、むさぼりついていた。やつらの食料は人間なのだ。死がないこの世界で、村人たちは生きたまま喰われ、絶命と同時に転生するという絶望を繰り返す。
また一人村人が捕まる。村人は悲鳴を上げ暴れるが、すぐにゴブリンの剣で黙らされ、餌食となった。同じ光景が、村のあちこちで繰り広げられている。シンは顔を歪め、マキナに尋ねる。
「マキナさん! 助けられませんか!」
「無理だ! 王国軍が到着するのを待つしかない!」
「クソッ!」
「死んでも転生するだけだ……! そう思うしかない……!」
マキナは苦しげに言った。魔法を使えれば、戦う術はあるのかもしれない。しかし魔法を使える者は、この村には一人もいないのだった。
三匹ほどのゴブリンがシンとマキナに狙いを定め、迫ってくる。シンとマキナは必死に走る。だが重い鎧で身を固め、武器を持っているはずのゴブリンの方が速く、シンたちは追いつかれてしまった。
シンを救ったのはマキナだった。マキナはシンを突き飛ばし、自分はゴブリンに掴みかかる。
「マキナさん! 何を!」
慌てて起き上がりながら、シンは叫ぶ。マキナはすぐにゴブリンに打ち伏せられ、地面に転がる。
「早く逃げるんだ……!」
マキナはシンを逃がすため、自分が犠牲になろうとしているのだ。死んでも転生するだけというなら、そんなことをする必要はないだろうに。三匹のゴブリンはマキナという食料を囲み、食事を始めようとする。マキナは穏やかな様子で、シンに最後の言葉を伝える。
「君を助けられてよかった。きっと私はこの日のために……」
無情にも、ゴブリンの刃がマキナの背中を貫いた。心臓を切り裂かれたマキナは、動かなくなる。ゴブリンたちはマキナの体にかぶりついた。
「マキナさん!」
顔面蒼白になりながらも、シンは冷静だ。すぐにマキナは復活するだろう。ゴブリンが再びマキナに食らいつこうとする前に背後から跳び蹴りでもかまして、なんとか隙を作る。そして、マキナを助け出すのだ。ただ、シンは状況の打開策を考えるのに必死で、なぜマキナがシンに別れの言葉を掛けたのか、その理由まで思考が及んでいなかった。
シンが固唾を飲んで見守る中、マキナの肉片が光りに包まれ、転生が始まる。ところが光はヒトの形をとることなく収束し、現れたのは三匹の子豚だった。
「え……?」
信じられない光景を目にして、シンはとっさに動くことができず固まる。三匹の子豚はフゴフゴと鳴き声を上げながら逃げようとするが、ゴブリンたちに簡単に捕まり、喰われてしまう。子豚の肉片はまた光に包まれ、今度は数匹のネズミとなって四方に散っていった。
周囲を見回せば、他の村人たちも同じだ。一、二回殺されれば人間以外に転生してしまう。
シンはこの世界に来てすぐ、ドラゴンに襲われたときのことを思い出す。羽流乃はドラゴンを斬り殺してシンたちを救ってくれたが、ドラゴンの死体はどうなった。ドラゴンからドラゴンに転生することなく、トカゲとなって消えていったのではなかったか。
また、ドラゴンに何度も殺された狭山はどうなった。正常に転生することこそできたが、皆が魔法の才能を発揮して次々とスカウトされる中、シンとともに最後まで残された。狭山に特別魔法の才能がなかったとは考えにくい。魔力の源は魂だという。狭山は殺されたことで魂が傷つけられ、身に宿していた魔力を減らしてしまったのではないか。
「この世界に死はない。ただ、転生するだけ」。ただし、人間に転生できるとは限らない。きっと魂があまりに傷つけば、人間としての形を維持できなくなるのだ。
「うわあああっ!」
シンは走った。涙が止まらない。だが、シンが立ち止まればマキナの願いが無駄になる。




