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3 革命の使徒

「なるほど、地元民の反対ですか……」


 宰相ベルトランからの報告を聞いて、玉座に座る羽流乃は顔をしかめる。少々顔を青くしながらも、ベルトランは続けた。羽流乃の隣でシンは何も言わず黙って聞く。


「はい。開発されると漁ができなくなるのではないかと……」


「しかし港の整備が遅れるとアズールの開発が進みません」


 羽流乃は人を二、三人殺せそうな険しい視線でベルトランを見下ろす。新天地アズールの開発は、目下のところ最大級の国家プロジェクトだ。増え続ける人口をアズールに移住させることで、シンの統一帝国はなんとか維持されていた。滞るようなことがあれば、内乱と崩壊に直結する。


「候補地はムスカしかないんだろ?」


「ええ。アリエテより南で、ある程度大きな港を作れそうなのはムスカだけです」


 シンは確認し、ベルトランは大きくうなずく。今、シンたちが計画しているのはサラマンデルからアズールへの航路の整備だ。大海原や砂浜に巣くう魔物を討伐して安全に航行できるようにはしたが、まだ問題が残った。サラマンデル─アズール間の海は風がきつく、海流も早い。風向きも海流も逆だと、帆船で逆走するのが難しいのである。


 解決策は簡単だった。海流は数時間ごとに逆転するので、変わるのを待って航行すればいい。風向きは海流よりも不規則だが、やはり何日かおきに変わる。潮待ち、風待ちの港さえ整備できれば何も問題ない。


 とはいえサラマンデルの南端からアズールの砂浜までの沿岸は浅い岩場、崖地だらけである。座礁の危険性が高く、とても船では近寄れない。港を作れるのはサラマンデル最大の港湾都市、アリエテのさらに南──ムスカだけだ。


 幸いムスカは海に向かって伸びている山と岬でそこそこ大きな湾が形成されていて、港を作るには最適だった。追い風ならアズールまで最速で一日と、距離的にも申し分ない。


 今までは海にはびこる魔物の影響で細々と近海漁業が営まれるのみだったが、大資本を投下して一気に開発を進める。シンたちはそんな青写真を描いていたが、いきなりつまづいているのが現実だった。羽流乃は冷静な口調で詰問する。


「ならば、多少反対があっても押し切ってしまえばよいのではないですか? 田舎の漁師なら、充分な補償をすれば納得するでしょう。あるいは、魚の養殖への転業を勧めればよいではないですか」


「いえ、そもそも交渉さえできない状態です。やるとしたら、武力制圧するしかありません」


 ベルトランは、お通夜のような顔をして首を振る。当然ながらシンも羽流乃も、そんな許可は出していない。地方の漁村にそんなことをする必要はないはずだ。


「……いったい何が起きているのですか?」


 ズバリ理由を言わないベルトランをいぶかしみながら羽流乃は尋ねる。もはや意味不明だ。人口も少ない辺境で、そこまでもめる理由がないのである。ベルトランは重い口を開いた。


「……黄金の国からの転生者が、陛下たちのかつてのご学友が、裏で糸を引いています」


「そういうことですか……」


 羽流乃は嘆息して椅子に深く腰掛け直す。おそらく何の力も持たない者だったら、ベルトランは黙って彼(彼女)をこの世界から退場させて終わっていただろう。それができないほどに強大な誰かが、ムスカで騒乱を起こしている。


「だったら、俺たちが直接行くしかないな」


 シンは笑顔で即断した。どこの誰だか知らないが、シンが自ら説得する。それでだめなら、ぶちのめすのみだ。



「ふうん、なるほどね……! 神代は自分で乗り込んでくる気なんだ!」


 帝都レオールに放っていた間諜からの報告を聞いた重信恭子は、薄暗いアジトで満面の笑みを浮かべた。ほこりっぽい倉庫の中でも、毎日鏡で見て自分でうっとりしてしまう恭子の美しい顔、長い髪と真っ黄色のカチューシャはよく目立つだろう。今この場では、恭子が世界の中心だ。その証拠に、全てが恭子の思惑通りに進んでいる。


「同志恭子、この地で皇帝神代シンを暗殺するのでしょうか!? それならば、私が……!」


 最近仲間に入ったばかりの少年が、緊張の面持ちで一歩前に進み出た。なかなかのイケメンだ。真っ赤な軍服風の衣装がよく似合っている。恭子が自らデザインした自慢の制服だった。貴族の正装っぽいのに派手でスタイリッシュだと、皆に好評な逸品である。恭子のステージを彩る男優たちにふさわしい。


 少年は少し青ざめて震えている。思わずキュンとしてその場でのけぞりそうになったが、恭子は胸に手を当てて抑えた。落ち着こう。頭首として冷静に告げなくては。恭子は不敵な笑みを作って、口を開く。


「あいつは、そんなことで殺されるタマじゃないわ。武力を使うのは最後よ。私たちは戦わないことで、あいつらに勝ってやるの……!」


 神代シンはレオールで破壊天使に敗れて殺害されたにもかかわらず、さらに強くなって転生し、蘇ったと聞いている。やつは単細胞なので、自分が正義だと信じて疑っていない。たとえ何度殺害しようとも、人々を守るためだとか、そんなお題目を本気にして、その度ごとに蘇ってくるに決まっている。


「神代シンには絶望の中で死んでもらうわ。もう二度と、転生しようなんて気が起きないくらいの地獄に墜としてね……! 私たちにはその力がある……!」


 恭子は左手人差し指にはめた指輪を掲げて見せた。紫色のアメジストが怪しく輝く。仲間たちは一斉に声を上げ、地響きのように空気が震える。恭子もこの「強欲の指輪」に選ばれたのだ。この世界の王に君臨する資格は恭子にもにある。


「この世界を制覇するのは私たち『マモンの使徒』よ……! 私たちで世界に革命を起こしましょう!」


「同志恭子、万歳!」


 恭子は高らかに宣言し、仲間たちは万歳三唱で熱気を振りまく。そうだ。恭子こそが、この世界で、覇者としてあがめたてまつられるべきなのである。


(首を洗って待っていなさい、神代……!)


 来たるべき未来を夢想し、恭子は本気の笑顔を浮かべた。

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