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1 ブーム

「お~い、フアナ! こっち! こっちだ!」


 シンが呼びかけると幼いフアナはすっくと立ち上がり、よたよたと歩き出す。二歳になって喋るようになり、大分活発にはなってきたが、まだまだ危なっかしい。フアナはふかふかのじゅうたんに足を取られて転びそうになる。手を貸さなければ! とシンの体が勝手に動きかけるが、必要なかった。フアナはなんとかバランスを立て直してトテトテと駆けてくる。思わずシンは顔をほころばせる。


「パ~パ、パ~パ! わんわん! わんわん!」


「そうだ! わんわんだぞ!」


 シンは犬のぬいぐるみを抱えていた。小さいフアナなら、乗れるくらいのサイズだ。そっとシンはぬいぐるみを床に降ろす。


「わんわん! わんわん!」


 フアナは犬のぬいぐるみにしがみついて喜ぶ。気に入ってもらえて何よりだ。シンはフアナから目を離さないまま傍らの机に手を伸ばし、箱形の機械を手に取る。


「あ~、やっぱフアナはかわいいな!」


 だから、フアナの姿を永久に残さなければ! シンが手に取ったのはカメラだった。現世のデジタルカメラのようにコンパクトではないが、いくらでもぬいぐるみと戯れるフアナをフィルムに焼き付けてくれる。二次元三兄弟はいい仕事をしてくれた。テレビ開発の合間で作成したと言っていたが、これはこれで革命的である。


「シン君、またですか? フィルムもただではないのですよ?」


 羽流乃はあきれ顔を浮かべつつ部屋に入ってくる。その姿を認めたフアナはぬいぐるみから離れて、羽流乃の方へと歩き始める。


「ママ、ママ! だっこ!」


「はいはい、フアナちゃん、ママですよ~!」


 羽流乃はフアナを抱き上げ、フアナはキャッキャと笑う。すかさずシンはカメラを向けてシャッターを切る。これは絶対いい絵が撮れた。


 現像するのが今から楽しみだ。絶対アルバムの一ページに採用しよう。シンが満足していると、羽流乃がちょっと怒ったような声を上げる。


「シン君ばかりずるいですわ! 私にも撮らせてくださいまし!」


「はいはい、わかったよ」


 苦笑いしながらシンは羽流乃に代わってフアナを抱き、カメラを羽流乃に渡す。羽流乃も写真を撮りたいのだった。


「は~い、フアナちゃん! こっちですよ~!」


「ママ、こっち、こっち!」


 羽流乃はフアナに声を掛けながらカシャカシャと写真を撮る。また空き時間にシンが暗室に籠もるはめになりそうだ。




「ほ~ん、めちゃめちゃ流行ってるんやな。みんな、よーやるわ」


 レオールの大通りで周囲を見回して、麻衣はつぶやく。通りを歩く誰もが、カメラを脇に抱えていた。中には三脚やら反射板やら撮影機材を山ほど抱えてふらふら歩く者もいて、大変邪魔っけである。


「多分これ、単なるブームじゃ終わらないですね。いろんなことが変わってきそうです。今のうちにいろいろ考えないと……!」


 冬那も困り顔を浮かべる。シン、麻衣、冬那の三人は仕事を忘れ、お忍びで町に出ているところだった。顔を隠したりはしていないが、気配を抑えて周囲から認識されにくくなる魔法を麻衣に使ってもらっている。しかし、こんなに素人カメラマンがわらわらいては心が休まらない。


 一応、シンたちだって有名人なのだ。どこで隠し撮りされているかわかったものではない。この間少数の近衛だけを引き連れて堂々と外に出たときには「一緒に写真を撮ってください」と囲まれてしまった。追い散らすのもかわいそうなのでそのときは付き合ったが、半日ほど潰すはめになった。嫁を引き連れて羽を伸ばしているときに、そんなことにはなってほしくない。


「そうだな、う~ん……!」


 シンは神妙な顔でうなずく。大通りでは勝手に撮られたの撮ってないだのとトラブルも起こっていた。シンの立場としては、撮影に関する法整備を検討しなければならない。シンが難しい顔をしてうなるが、女子二人は放置して会話を始める。


「ところで麻衣ちゃん先輩はカメラ持ってないんですか?」


「ウチはハエちゃんで、いつでもどこでも覗けるからいらへんわ! 紙に焼き付けようと思えばウチだって余裕でできるし」


 冬那に聞かれた麻衣は胸を張って答える。一瞬で魔力が尽きて死んでしまうはずのハエの使い魔を大量に、精密に扱うことは麻衣にしかできない。ただし、自分が認識した画像を紙に写し取るという行為であれば、そうではなかった。魔力の高い者が修練すれば、割合すぐにできるようになるのだ。


 千五百年前、この世界に転生してきたという幕末の日本人たちは、カメラの存在くらい知っていたはずである。にもかかわらずカメラを作ろうともしなかったのは、そういうことだ。彼らが作ったのは戦場を駆けるためのマスケット銃だけだった。


「冬那ちゃんだってカメラなんて持つ気ないやろ?」


「そうですね~! 写真撮る暇があったら、みんなともっと思い出を作りたいですね! きっと写真なんか撮ったって、いちいち見返したりしないですよ!」


 冬那は屈託のない笑顔を浮かべている。そもそもカメラをさほど欲しがらない人種もいた。自分が写真を撮るのはいいが、撮られるのは面倒だ。どうしても拒絶反応が出る。二人はそのままでいてほしいと、シンは内心思った。


「シンちゃん、ウチとのハメ撮り写真が欲しければ、いつでも言うんやで? ちゃんと撮ったるから」


「バカ、何言ってるんだよ」


 麻衣はニヤニヤしながら馬鹿なことを言ってくる。シンは苦笑いするしかない。


「先輩、したいなら私でしてもいいんですよ……?」


 シンが嘆息していると、冬那はぎゅっと手を握ってしなだれかかってきた。熱い吐息と、軽く乗せられた体重が心地よい。


「ハハハ……。王宮に帰ってからな?」


 羽流乃にバレると怒られそうなので、こっそりやらなければ。さっそくシンは頭をフル回転させて段取りを考え始めた。

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