33 ありふれた日々
(ん……? あれ? ここは……?)
小鳥のさえずりで目を覚ました雅雄は、ベッドの上で身を起こす。なんだか昨日の記憶が曖昧だ。雅雄はふと隣に目をやって固まる。ツボミがスヤスヤと眠っていた。まさか、雅雄とツボミは……!
いや、そんなはずはない。ツボミも雅雄も服をしっかり着ている。昨日から着替えていないようではあるが。
雅雄は必死に記憶をたぐる。そうだ。ツボミがデートするなんて言い出して外に出たのはいいけど、結局いつも通りのコースからはずれることなく本屋、ゲームセンターとはしごした後に買い物して帰ってきたのである。
雅雄は部屋の中に目をさまよわせ、床に散乱した空き缶を見てさらに思い出す。そうだ。買ってきたジュースの中にチューハイが混じっていたのだ。見た目は完全にジュースなのでわからなかった。
せっかくなので夕食後に飲んでみようということになり、二人で酒盛りをした。そこから先の記憶がない。二人ともアルコールに強い方ではないので、すぐに酔っ払って寝てしまったということだろう。
(よかった……。僕たちは何もしてないんだ……)
中学生の分際でこれ以上問題行動を起こしたくはない。ちょっと惜しかったかもしれないけれど。
しかし、やけに下半身がじっとりしている気がする。まさかいらないことをした後に行儀よくズボンを履いて寝てしまったのだろうか。おそるおそる布団をめくってみて、雅雄は叫んだ。
「うわああああっ!」
雅雄の声を聞いて眠っていたツボミも目を覚ます。
「うるさいなぁ……。なんだっていうんだよ……。……えええええっ!?」
雅雄のズボンの股間部分が、ツボミのスカートの股間部分が、一見してそれとわかるくらいに変色していた。シーツもぐっしょり濡れていて、周囲には独特のむわっとしたむせかえるような臭気が立ち込める。雅雄とツボミの顔がみるみる真っ赤になっていく。
どうやら酒を飲んだ雅雄とツボミは、二人揃っておねしょをしてしまったということらしかった。この年になって、どうしてこんなことに……。
今日も学校が休みで助かった。生徒会室の小火騒ぎの件であと三日は休校である。とりあえず順番にシャワーを浴びて着替え、洗濯したシーツを干してから外に出ることにした。
「雅雄、今日こそちゃんとデートしようね! その前にショーツを買わなきゃなんだけど……。やっぱり一回家に帰った方がよかったかなあ?」
いつものショッピングモールへの道を歩きながら、ツボミはそわそわする。酔っていても多少の気は回っていたようで、ツボミは「友達の家に泊まる」と親には連絡を入れていた。しかしさすがに着替えまでは持ってきていない。そこでツボミはとりあえず雅雄のズボンを履いているのだった。下着は、履いていない。
「う~ん、やっぱりなんだかごわごわしてて落ち着かないなぁ?」
「……」
ノーパンなのを知っている雅雄の方が落ち着かない。なぜツボミは結構へっちゃらそうな顔をしているのだ。
雅雄が女装するときのために女物の下着やスカートもあったけれど、雅雄よりツボミの方が身長が高いので、全く合わなかった。結局、雅雄が自分の成長に期待して少し大きめのサイズを買っていたジーンズはツボミに合ったので、それを履いている。ジーンズが違和感なくぴったり合ってよかった。
ショッピングモールで下着を買って着替えてから、改めて駅へ向かう。
「もっとセクシーなのを買った方がよかったかな?」
道すがらの公園で、ツボミは下着の包装を破いて捨てつつ、いたずらっぽく笑う。ツボミはすっかりいつもの調子を取り戻していた。こうやって笑っているツボミは本当にかわいい。駅はすぐ近くだ。
平日の午前十時という中途半端な時間なので、駅前は閑散としていた。そして入り口には、目立つ五人組が雅雄たちを待っていたかのように佇んでいた。
「よう、雅雄にツボミじゃないか。偶然だな」
いずれも劣らぬ美少女四人を従えた少年は、親しげに雅雄に声を掛ける。
「あ、え~っと、神代さん」
誰かと思えば、雅雄とツボミが柄にもなく昨日のゲーセンで盛り上がってしまった人たちだった。酒のせいで記憶が曖昧だが、協力プレイで一緒にラスボスを倒したのを覚えている。
「元気そうでよかったぜ。どっかに行くのか?」
「はい、デートに行くんです」
ツボミがない胸を張って答える。シンは雅雄の肩を抱いてニッコリ笑った。
「そっか。雅雄、男を見せろよ?」
か、顔が近い……。どうしてこの人は無駄に距離感が近いのだろう。若干雅雄は頬を引きつらせながら尋ねる。
「は、はい……。神代さんは帰るところですか?」
確かシンたちは何かの用があってこの町に来ていたと言っていた。用が終わって帰るところなのだろう。シンは雅雄から離れて葵の手を握った。
「ああ。そろそろ行かなきゃな。……葵、おまえに何かあったらいつでも駆けつける。いつか、こっちに来ることになるその日まで。元気にやれよ」
「……うん。願わくば、また八十年後に」
雅雄には意味がわからなかったけれど、葵は幸せそうに微笑んだ。雅雄が立ち入るべき話ではなさそうである。
「シン君は私たちがちゃんと見てますから、心配なさらないでください」
「ほんまに八十年後に来るんやで。おまえの部屋、ウチがちゃんと掃除してやってるんやからな? メイドプレイするついでやけど」
「では先輩、お元気で」
羽流乃、麻衣、冬那は口々に声を掛けてから葵を残して歩き出す。最後にシンは雅雄とツボミに言った。
「じゃあな。この世界は任せたぜ」
「……?」
突然言われて全く意味がわからなかった。昨日やったゲームの話だろうか。
そうしてシンも歩き去る。ふと彼の方に目をやると、全員霞のように消えていた。電車が出そうで急いでいたのだろう。その割に足音もしなかったけれど。
「……僕もそろそろ行かなくちゃ。生きているって大変だね。時間は待ってくれないから、気付くとどんどん過ぎちゃってるんだ」
葵の言葉で、雅雄は慌てる。もうすぐ電車が出てしまう。改札まで走らなくては。
「行こう、雅雄!」
「う、うん!」
雅雄とツボミは走り出す。どこに行くかは決めていないけど、とにかく電車に乗り込まなくては。息を切らして雅雄とツボミは懸命に駆ける。
「焦らなくていいんだ。君らはきっと、僕らのところにたどり着く。そのときにはもう一度、僕らのことを思い出してね♪」
葵が何か言った気がするが、走るのに必死な雅雄たちには聞こえなかった。息が続かず遅れ始めた雅雄の手を取り、ツボミは電車の中に引っ張り込む。さぁ、電車には間に合った。これからどこに行こう。わからないけど、二人で走り続けるのだ。これから、ずっと!
今回で番外編は終了です。ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
引き続き『主人公になれなかった僕のワールド・オーバーライド・オンライン ~Lv.1 無職から始まる最強への道~』 https://ncode.syosetu.com/n7777fl/ をお楽しみいただければ幸いです。




