31 決着
マモンはまだ死んでいない。瓦礫の中に倒れているマモンに、薔薇の剣士は泰然と近づく。
「ヒッ……!」
マモンはもはや魔王の姿を維持できず、魔力の展開が止まる。傷だらけで中学校の制服姿になったマモン、いや、静香は命乞いをする。
「ゆ、許して……! 地獄でも、どこでも行くから! もう死にたくはないの! それだけなの!」
「そう言ってきた相手だったら、君は殺さなかったのかな?」
どうしたものかと思案する薔薇の剣士の隣までアスモデウスはやってきて、尋ねる。静香はまくし立てた。
「あ、当たり前じゃない! 私だって鬼じゃないのよ! 雅雄が好きで、香我美ツボミなんかに取られたのが悔しくて、こんなことをしてしまっただけなの! 許して……。お願いだから許して……」
静香はさめざめと泣く。仇敵の情けない姿を見て、薔薇の剣士の戦意はみるみる萎んでいった。地獄だかなんだか知らないが、この世界から消えてくれるならそれでいい。
そう声を掛けようとした刹那、無警告にアスモデウスは滞空させていたマスケット銃を放つ。静香は一瞬で紫のドレス姿のマモンとなって、ひらりと銃弾を避ける。
「酷いじゃない。殺す気で撃ってくるなんて!」
もはや開き直ったのか、マモンは不遜に言い放つ。薔薇の剣士は思わず尋ねた。
「「君はいったい、何を考えているんだ?」」
「生き残るための最善策を打ってるだけだけど?」
こともなげにマモンは言う。言ってることが滅茶苦茶だ。
「「だったら最初から何もしなかったらよかったじゃないか」」
マモンが地獄と現世を股に掛けて暴れたりしなければ、シンたち魔王の面々も動かなかったはずである。マモンは何がしたかったのか。
「フフフッ、雅雄はやっぱりバカね。あなたの泣き顔を見るためなら、私は持てる力の全てを使うに決まってるじゃない。雅雄、あなたが悪いのよ? 香我美ツボミなんかとくっついて、妙に反抗的になって!」
マモンは口から唾を飛ばして吠える。やはり意味がわからない。同じ人間と思えないほどに思考回路を理解できない。マモンは悪びれもせずに言い放つ。
「あ~あ、こんなことになるなら、もうちょっと大人しくしてればよかったわ。私ともあろうものが、負けて死ぬなんてね!」
「負けたなんて思ってないくせに」
「あら? ばれちゃった?」
アスモデウスはマスケット銃の一斉射撃を浴びせる。マモンはひらりと身をかわし、羽流乃たちが隠れている方に走り出す。力を使い果たした彼女たちを人質にでもする気なのか。
「君みたいなのの考えは、お見通しだよ。『金の鎖』!」
まだアスモデウスは種を仕込んでいた。『金の鎖』はマモンを一瞬で縛り上げるが、マモンはどこにそんな力を残していたのか、膂力で引きちぎる。
「あなたなんかに捕まるわけがないし、負けるはずもないわ!」
実際のところ魔力も尽きかけているのだろう、マモンは呼び出したアサルトライフル一丁を撃ちまくるだけで他の攻撃はしてこない。薔薇の剣士が本気を出せば一瞬で片付けられる。時間加速スキルで近づいて、もう一度スペシャルラッシュを浴びせればいいだけだ。今度こそマモンは死ぬ。
しかし、薔薇の剣士の中の雅雄もツボミも動けなかった。多分、彼女のことをかわいそうだと思ってしまったからだ。この期に及んではマモンも最後まで虚勢を張って戦う以外にない。虚勢でなく本気だとしたら、余計に哀れである。
薔薇の剣士はとどめを刺そうと動きかけるが、アスモデウスは手で制した。
「こんなやつのために、君が手を汚す必要はないさ。僕が引導を渡してあげるよ……。『金の斧』!」
黄金に輝くちょっとしたビルほどもある巨大な斧が出現し、マモン目がけて落ちてくる。マモンはその場から飛び退き、斧は地面を直撃して瓦礫を巻き上げた。
同時に、明らかに落下の衝撃ではない爆発が起こり、炎と煙が吐き出される。いつの間にかマモンは地雷を仕掛けていたようだ。薔薇の剣士が何も考えずに突っ込んでいたら、まんまとやられていた。
アスモデウスは斧を掴んで軽々振り回し、マモンを追い詰める。サイズはそのままなので、ほとんど災害だ。ビルや住宅を薙ぎ倒し、衝撃波や暴風が吹き荒れる。『命の剣』を使えずとも魔王は魔王。今のマモンでは手も足も出ない。
マモンは逃げ続けながらさりげなく羽流乃たちの方に向かっていたが、薔薇の剣士は先回りして羽流乃たちを守るように立つ。大質量の直接打撃にマモンは打つ手なしだ。散発的に銃を撃ってくるのみである。もはやマモンは完全に詰んでいた。
「退場してもらおうか。永遠に。この世界からも、地獄からも!」
「アハハハハッ! そうやって私を力で押しつぶして、何になるっていうの!? やってること、私と変わらないじゃない!」
マモンはアスモデウスの動揺を誘おうとしているのか、無駄に話しかけてくる。アスモデウスの返事はそっけないものだ。
「知ってるよ」
「あら? 開き直るの? それも私と同じね!」
無視してアスモデウスは『金の斧』を振り続ける。斧による攻撃を隠れ蓑に呼び出していたマスケット銃がいつの間にかマモンを包囲し、足を撃ち抜いた。ドレスのスカート部分がズタズタに引き裂かれ、高級そうな下着が露出する。足は銃創だらけで血まみれだ。もうマモンは逃げられない。
「いつかあなたより強いやつが現れて、あなたを押し潰すわ! ざまあみろ!」
マモンの断末魔の捨て台詞を聞き流しながら、アスモデウスは斧を叩きつける。強大な魔力を帯びた一撃は、マモンの肉体も魂もミンチにする。残された瓦礫から、真っ赤な血が滴る。マモンは死んだ。アスモデウスはマモンの問題提起に今になってからアンサーを返す。
「残念ながら僕の旦那は世界で一番強いんだ。誰が来たって負けるわけがないよ」




