30 薔薇の剣士
青薔薇と黒薔薇の紋章が描かれたマントをはためかせ、薔薇の剣士は戦場へと降り立った。『薔薇の剣士 Lv.40 デューク』。男にして女。右にして左。陰にして陽。これがオーバーライドによるスペシャルバーストで作り出した、雅雄とツボミの最強の姿だった。
右手の〈ブラック・プリンス〉、左手の〈ブルー・ヘヴン〉を構え、ゆっくりと薔薇の剣士は銃弾の飛び交う戦場へと足を踏み入れる。ワールド・オーバーライド・オンラインの世界と同様に、装備品のスキルも使えそうだ。流れ弾が数発こちらに向かってきたが、薔薇の剣士は無造作に二本の剣を振り、銃弾を叩き落とした。この体なら銃器が相手でも問題なく戦える。
「あら、雅雄。また私に刃向かうの? 懲りないわね」
アスモデウスとの銃撃戦を続けながら、飄々とマモンは声を掛けてくる。薔薇の剣士は表情を変えずに応じた。
「「今度こそ、君との全てを終わらせてあげるよ」」
「うふふ、勇ましいわね。がさつなゴリラ女が混じってるせいかしら。でも、ここはあなたの好きな剣と魔法のファンタジーじゃないわ。鉄と血だけが支配する戦場よ? そんな装備じゃ、あなた死ぬわよ?」
空中に浮いていた数丁のアサルトライフルが薔薇の剣士に照準を点ける。確かにフルオート射撃を喰らえば薔薇の剣士はひとたまりもない。数発の弾丸であれば剣で叩き落とせるのは確認済みだが、弾幕を剣のみで突破するなんて白昼夢に過ぎない。
乾いた音とともに一斉射撃が始まる。薔薇の剣士は横に走って銃弾をかわしつつ、円を描くようにマモンに接近して直接斬りかかろうとする。
「無駄よ! 私に触れたかったら弾より早く動きなさい!」
マモンはさらに十数丁のアサルトライフルを召喚して、ひたすらに撃ちまくる。「すばやさ」のステータスは高い薔薇の剣士だが、これではマモンに近づけない。なので薔薇の剣士は叫んだ。
「「一発入れば勝てる! ボクに力を貸して!」」
今回はソロプレイではないのだ。薔薇の剣士には仲間がいた。それも有象無象ではなく、れっきとした魔王の一人である。
「もちろん! 道は僕が作る!」
アスモデウスはマスケット銃を操り、射撃や直接打撃で薔薇の剣士を狙うアサルトライフルを蹴散らす。
「チッ、うっとうしいわね!」
さらにマモンはアサルトライフルを増やす。一瞬ではあるが、薔薇の剣士はノーマークになった。二、三発被弾しながらも薔薇の剣士はマモンの懐に飛び込み、右手で剣を振りかぶる。
「読めてるのよ!」
薔薇の剣士の前に機雷が出現する。対サタンエル・サルターン戦で多用していたものだ。物理攻撃一辺倒の薔薇の剣士に対応する手段はない。だがアスモデウスはそうではなかった。
「そっちこそ、読めてるんだよ! 『金の鎖』!」
『命の剣』を使えなくても、アスモデウスには豊富な搦め手の技がある。アスモデウスは戦いながらこっそり植物の種をばらまいていた。射撃の応酬を続けながらアスモデウスはパチンと指を鳴らす。種はアスモデウスの魔力に反応して一瞬で芽吹いて蔦をマモンと機雷に伸ばした。
蔦は金色に輝く鎖に一瞬で変化し、マモンを拘束するとともに機雷を絡め取って明後日の方向に投げ捨ててしまう。直後に薔薇の剣士の〈ブラック・プリンス〉が振り下ろされた。マモンのドレスが切り裂かれ、鮮血が噴き出す。
この一撃だけで充分だった。スキルの発動条件は満たした。薔薇の剣士は〈ブラック・プリンス〉の力で時間を加速させる。世界はスローモーションになり、マモンが小細工をする時間を与えず薔薇の剣士はスペシャルラッシュをぶち込む。
「「[黒薔薇葬送録 永遠]!」」
左の〈ブルー・ヘヴン〉による初級斬撃『フェザースラッシュ』から始まる連撃が、マモンを襲う。『フェザースラッシュ』で後ろに逃げようとするマモンを追って右袈裟斬り、左下段打ち。注意が下に向いたところで右上段に初級刺突技『フェザースラスト』。マモンがたたらを踏んで後退したところで、下から斬り上げて上からは柄頭で殴りつける。そして頭を痛打されて動きが止まったところに、また『フェザースラッシュ』だ。
薔薇の剣士の攻撃は終わらない。マモンの体のあちこちから血しぶきが舞う。マモンは後ろに下がり続ける一方である。
「クッ……!」
マモンは時折反撃を試みるが、上下左右のコンビネーションで気を逸らされる上に薔薇の剣士が放出し続けている青と黒のオーラが攻撃を通さない。
ゲーム上では無敵のオーラであるが、現実では魔力の障壁だ。無敵でこそなくても、突破するにはそれなりの攻撃を加える必要がある。そんな余裕をマモンに与えるわけがない。マモンが何かしようとするたびに薔薇の剣士は時間加速スキルを発動し、完璧に反撃を封じる。マモンは一方的に斬られ続けるだけになった。
「あんたなんかに負けてたまるもんですか……! へたれ泣き虫とキ○ガイ勘違い女なんかに!」
それでもマモンは反撃を諦めていないようだった。薔薇の剣士が打ち疲れるのを待っているのだ。疲労はゲームではあまり気にならないが、現実では影響が大きい。理論上このスペシャルラッシュはいくらでも続けられるが、薔薇の剣士は限界に達する前に切り上げることにする。
マモンが後ずさったのをあえて追わず、少し距離ができてから助走をつけて思いっきり下から跳ね上げる。たまらずマモンは空中に跳ね飛ばされ、そこに薔薇の剣士は対空技をぶつける。
「「これで終わりだ! 『スパロースラッシュ』!」」
空中でさらに吹き飛ばされ、マモンは住宅三棟ほどを薙ぎ倒しながら地面をバウンドして転がる。ゲーム上と同じように、マモンの体にスペシャルラッシュ終了時の追加ダメージの衝撃が走った。薔薇の剣士の完全勝利である。




