29 その意志
「君は、僕とは違うからそんなことが言えるんだ……!」
慟哭しながら雅雄はツボミの手を振り払う。戦えるわけがない。みっともなく恐怖で失禁して、立つことさえできなかった雅雄に。剣だけを武器にあの弾幕の中に飛び込む勇気なんて湧かなかった。
自分がどれだけ恥の上塗りをしているのかわかっていながら、雅雄は抑えられない。羽流乃、麻衣、冬那が冷たい目で自分を見下ろしている気がする。きっと気のせいではないだろう。
こんな酷いことをされても、ツボミは笑顔を崩さない。
「ボクは君と、何も違わないよ」
「嘘だ……! 僕は、戦う勇気が出なかったけど、君は……!」
頬を一筋の涙が伝う。いったい雅雄はツボミにどうしてほしいのだろう。子どものようにだだをこねて。ツボミは手を震わせながら、雅雄の手を掴む。
「本当に、君と何も違わないんだ、ボクは……」
「え……!?」
頭が真っ白になった。ツボミは雅雄の手を自身のスカートの中に引き入れる。雅雄は何の抵抗もできず、ツボミに誘われるまま下着の中にまで手を突っ込んでしまう。指先に全く加工されていない、生の感覚が流れ込む。何に触っているのか、もはや目を逸らすことはできない。
自分のものと何も変わらない、固くてざらざらした毛が生えていて、そこをくぐり抜けるとやたらと柔らかくて。当然だけれども、男についているべきものはない。そして女にあるべきものがついているはずだ。見ているわけではないからだろう、ことさらに凹凸というか、その形状を感じてしまう。
そしてツボミのそれはじっとりと湿っていた。静香じゃあるまいし、性的に興奮しているなんてわけもない。ハッと雅雄は顔を上げる。ツボミは顔を真っ赤にして少し目を逸らした。
「……汚くてごめん」
「え、いや、その……」
雅雄はしどろもどろになって言葉が出てこない。ツボミは白状する。
「戦艦が大砲撃ってるときにさ……。怖かったんだ。怖くて、どうしようもなくて、その……。…………。ごめん、また……」
ツボミはぶるりと体を震わせ、雅雄の手を熱い液体が濡らす。手を引っ込めることもせず、雅雄はそれを受けた。
「僕と同じなのに、どうして戦えるの……?」
素直に雅雄は疑問を口にする。恐怖を振り切るためだろうか、ツボミは雅雄の背中にギュッと手を回した。
「その意志がある限り、ボクはボクだから。どんなにかっこ悪くたって、あがくのをやめた瞬間に、ボクはボクじゃなくなるんだと思う。だからボクは、どんなに怖くても戦うんだ」
ツボミは雅雄をきつく抱きしめながら、自分に言い聞かせるかのように言う。ツボミの震えと熱が痛いくらいに背中に伝わる。ここで羽流乃も雅雄に声を掛けた。
「戦場で粗相をしてしまうのは珍しいことではありませんわ。誰も、あなたを笑ったりはしません」
羽流乃は言い切り、普段だったら茶化してきそうな麻衣もうなずく。
「羽流乃ちゃんの言うとおりやで。命が掛かってるのに、そんなこと気にしてもしゃーないわ。堂々としてればええんや」
雅雄はようやくツボミの下着から手を抜き、自分のズボンで手を拭ってからそっとツボミを抱きしめた。
「ごめん、ありがとう。僕は奇跡を信じてみることにするよ」
ありえないとずっと否定してきた、雅雄が主人公になれる奇跡。今はその奇跡に賭けてみよう。たとえヤケクソでも行動を起こす。自分の運命を自分で掴み取るために。
「きっと君となら、ボクは永遠になれる。そう信じてる」
雅雄とツボミはどちらともなく立ち上がり、しっかりと手をつないだ。雅雄の青薔薇の指輪は人々の奇跡を願う思いを魔力に換え、ツボミの黒薔薇の指輪は人々の永遠を願う思いを魔力に換える。二つの指輪は二つの祈りに反応して輝きを増し、雅雄とツボミの体を光が包んだ。
『平間雅雄 Lv.1 無職』。『香我美ツボミ Lv.4 無職』。雅雄は真っ黒なコートと銀の盾、やや小ぶりな剣で武装した姿になり、ツボミもスケイルメイルにマントという格好になる。無事に、体をワールド・オーバーライド・オンラインのそれと入れ替える作業は完了した。
ならば、次の工程も問題なく進行できるはずだ。現実だって、思いの力で書き換えてやる。雅雄の前に奇跡を司る青薔薇の剣〈ブルー・ヘヴン〉が出現し、ツボミの前に永遠を司る黒薔薇の剣〈ブラック・プリンス〉が出現した。もう迷わない。二人は剣を掴み、交差させる。
「今、青薔薇の奇跡はこの手の中に!」「そして、黒薔薇の永遠は二人を包む!」
「「奇跡の願いは永遠となり、運命を切り開く! 目覚めよ、薔薇の剣士!」」
ワールド・オーバーライド・オンラインの世界と同様に青と黒のエフェクトが放出され、世界はオーバライドされる。美麗なる薔薇の剣士は降臨し、二本の剣を構えた。




