24 村の生活
次の日、シンは泊めてもらったお礼に集落の畑仕事を手伝った。集落には魔法を使わずに農業をやるノウハウが伝えられているらしく、シンは皆に教えてもらいながら作業を進める。
「そうだシン君、それくらいの間隔で種を植えていくんだ。知恵の王アスモデウス様の教えによると、それ以上間隔が狭いとうまく発芽しない」
種を地面に埋めながら、シンとマキナは雑談する。
「なんですか、知恵の王アスモデウスって」
「魔族だよ。地を司る魔王と言われている。王都では、三千年前に人口の半分を喰い殺した大魔王として恐れられているね。今の王家は、アスモデウスを封印した魔術師の一族ということになっている」
「そういうのもいるんですね……。でもどうして魔王なのに知恵の王なんです?」
昨日一日一緒にいた商人も、辺境には魔物が多く出るから気をつけろと言っていた。シンも飛行機で悪魔のような生物に遭遇しているし、こちらの世界ではドラゴンも見た。魔物の存在に疑いはないし、魔王がいてもおかしくはあるまい。しかしなぜ魔王が農業を教えてくれるのだろうか。
「それはわからない。でも、面白いだろう? 王都では魔王として忌むべき対象のアスモデウスが、辺境では知恵の王なんだ」
この村には代々アスモデウスが書いたとされる膨大な数の古文書が残っている。古文書に書かれているのは魔法を使わずに生活する方法だ。農業のやり方に始まり、家の建て方、服の作り方など、古文書には魔力なしで生きてゆく知恵が網羅されているのだった。数が多すぎて、解読されているのは未だに一割程度だそうである。
今、マキナは村の長老から魔法なしで読める古代文字の読み方を習っている。古文書は村の生命線なので、少しでも解読を進めなければならない。少しでも村の役に立てれば、とマキナは言っていた。
「この村には、アスモデウスが残したとされる水の指輪だってあるんだよ。古文書によると、水の魔王が持っていた魔力の半分が封印されているそうだ。村の中央にある祭壇に安置されているから、気になるなら後で見に行けばいい。身につけると酷い目にあうらしいがね」
地の魔王なのになぜ水の指輪なのかよくわからないが、ともかくこの村にはそれなりの歴史があるらしい。アスモデウス以外が書いた文献も、未解読のまま大量に残っているとのことだった。
たっぷり働いた後で昼食休憩に入る。シンとマキナは村の仲間とともに畑で昼食をとった。パンと塩だけの簡素な食事だが労働の後なので、ものすごいご馳走に思える。シンはすぐに完食した。
まだまだ元気なシンを見て、マキナは感心する。
「なかなか体力があるようだね。午前中一杯働いたというのに、汗一つ流してないじゃないか」
「体力にだけは自信があるんですよ」
シンは腕を捲って見せる。前の世界でも、持久系の競技ならシンは学内トップだった。体もバカなのか、あまり疲れるということを知らないのである。
食後は村民たちとしばらく話をする。村民たちは事情があってここに流れてきた者ばかりだった。基本的にこの世界では、生まれつき魔法が使えない人間というのはいないらしい。そんな弱者はそもそもこの世界に転生できない。では自分は何なのだろうという疑問が頭に浮かぶが、歓談の楽しさが疑問を打ち消した。
午後も畑で施肥や水やりなどの作業をして過ごし、村に戻る頃には日が暮れていた。今夜もマキナの家に泊まることになり、シンはまたマキナに夕食を食べさせてもらう。
夕食後、寝る前にマキナはシンを勧誘する。
「シン君。君さえよければ、ずっとこの村にいてくれて構わない。皆、君のことを歓迎している。魔力を失った者がこの村に流れ着くのは、珍しくないんだ……」
「……ありがとうございます」
ここに残るのも悪くないと思った。二次元三兄弟を信じるなら王都に帰るべきだが、この村ならお金などなくても暮らしていける。元の世界に帰る方法も、ひょっとしたら倉庫で眠っているという古文書の中に手掛かりがあるかもしれない。
多分にシンの願望が入り交じっていることはわかっている。しかし、ここならシンにも働く場所がある。
もう少し考えていたかったが、昼間の疲れからシンは睡魔に負け、夢の国に引き込まれた。
この夜が、シンが魔法使いのいない村で過ごした最後の夜になった。




