26 残機1
「終わったの……?」
マモン──静香が塵一つ残さず消え失せたのを見て、雅雄は茫然とつぶやく。もう何がなんだかわからなかった。メガミにも一応神様であるヤスさんにも止められず、戦艦大和やら原子力空母やらを召還したマモンを力技で潰したサタンエル・サルターン。いったい何をすればあれほどの力を手に入れられるというのだ。
魔力を使い果たしたらしいシン、羽流乃、麻衣、冬那が分離して空から降りてくる。雅雄はぼんやりとその様子を見上げるが、シンは怒鳴った。
「伏せろ!」
雅雄は反射的にその場に伏せる。背後から銃声が響き、雅雄はびくりと振り向いた。今度は何だというのだ。学校の制服姿の静香、いやマモンがアサルトライフルをシンたちに向けていた。
「雅雄、そんなに怯えなくてもいいのよ。あなたを撃つ気なんてないから」
マモンはニッコリと微笑む。どうして生きているのだろう。先ほどの戦いで、死んだのではなかったのか。
「私の本来の体もこの世界に封印されてたからね。こっちに戻らせてもらったわ」
最初から、メガミは静香を殺してなどいなかったのだ。ただ、魂だけを地獄に堕としていた。そして雅雄たちの体と同じように、静香の体もこの世界に封印していた。ワールド・オーバーライド・オンラインの世界で手に入れた体を失った静香は、元の体に戻って堂々と姿を現したのである。
「火の力に水の力! 蘇れ、不死身の肉体!」
シンは空中でドラゴンを呼び出して乗り込み、そのままマモンに突撃する。マモンはバズーカ砲を出現させて撃ち込む。ドラゴンは直撃を受けて墜落した。構わずシンは剣を手にドラゴンから飛び降り、マモンに斬りかかる。
「麻衣、冬那! 雅雄とツボミを避難させてくれ!」
右に左に動いて銃撃を凌ぎながら、シンは声を張った。
「任せときや!」
「ほら、こちらへ!」
雅雄とツボミは麻衣と冬那に促されるままに物陰へと身を隠す。逆に羽流乃はどこから持ってきたのか刀を抜いてマモンの前に躍り出た。
「私も忘れてもらっては困りますわ!」
一度死んだことで力を減じているのか、マモンは戦艦やら空母やらを召喚しようとしない。それでもふんだんに小火器を呼び出して、シンたちに弾をばらまく。
「うっとうしいわね! いい加減に学習しなさい! 古くさい剣なんかより銃の方が強いのよ!」
一方が引きつけている間に一方が接近して、斬りかかる。シンと羽流乃はうまく連携してマモンを攻めた。しかしマモンに手傷を負わせるには至らない。当たり前だ。マモンは銃を持っている。迂闊に踏み込めば蜂の巣である。
「……もう一回、魔王になることはできないの?」
ツボミは麻衣と冬那に尋ねるが、にべもなく二人は揃って首を振った。
「もう魔力が尽きたから無理や」
「ですね。魔法で私たちが戦うのも厳しいくらいです。あと一回魔法を使えるかどうかですね~!」
だとすれば、非常にまずい。このままでは銃器に抗しきれず、いつかシンと羽流乃は限界を迎える。それがわかっているマモンは余裕を見せていた。
「雅雄、隠れてないで出てきなさい! 私がほしいのはあなただけよ! 他の有象無象はどうでもいいの! たっぷりかわいがってあげる!」
マモンの声を聞いて、ブロック塀の影に身を隠す雅雄は思わず震え上がった。彼女に捕まれば、何をされるかわからない。死ぬよりも辛い思いをすることになりそうだ。
「雅雄、大丈夫だ! おまえは俺が守ってやる!」
負けじとシンは声を上げる。雅雄は少しだけホッとするが、それを情けなく思う自分もいた。
(どうして僕は初対面の人たちに守られてるんだろう……)
何度も銃弾が掠めて、シンも羽流乃もあちこちに傷を作っていた。服を血で汚しながら剣を振るい続ける二人の気迫には、鬼気迫るものがある。
どうしてこんなになっても戦い続けているのか? 彼らにとって、雅雄なんか見ず知らずの他人に過ぎない。シンたちにしかマモンに勝てないから? 戦うのは力があるものの努めだから? 強い者が弱い者を守るのは当然だから?
ふいに雅雄は、メガミのことを思い出した。メガミは、敗れても敗れても記憶を消されて何度も戦わされ続ける。シンたちが来ていなければ、マモンと戦うのはメガミの役目だっただろう。勝ち目がなくても、メガミは勇敢に戦ったはずだ。
(また、僕は何もできないのか……)
酷く惨めな気分だった。ゲームの世界でちょっと静香に勝って舞い上がって、再戦したら歯が立たず。現実に戻れば隠れているしかできない。自分という存在の価値がどれほど低いのか、思い知らされる。なけなしのプライドはズタズタだ。
雅雄が絶望的な表情を浮かべていたせいだろう、冬那は微笑んだ。
「安心してください。先輩たちは負けません」
何の根拠があって言っているのだろう。現実に今、シンと羽流乃は押されているではないか。冬那の後を受けて麻衣もない胸を張る。
「大丈夫や。あいつは必ず来る!」
誰のことだ。雅雄が尋ねる前に、彼女は姿を現した。シンも羽流乃も、何の勝ち目もなく戦っていたわけではなかったのだ。
「待たせたね、みんな!」
美しい黒髪を風に靡かせながら、制服姿の葵が坂道の方から現れる。その左手には、黄色いトパーズを埋め込まれた指輪が光っていた。




