25 核の炎
目の前で上がるキノコ雲を、雅雄は呆然と見ていることしかできなかった。もはや目の前の現実を、現実として受け入れることができない。いつから雅雄は映画のワンシーンを眺めていたのだろう。おかしいなぁ……。
とんでもない場面に出くわしていることを正しく認識しているツボミは、両耳を押さえてうずくまり、ただただ震えていた。現実から目を逸らしていれば、戦艦大和の砲撃音もでっかい花火の音くらいにしか聞こえない。自分がおかしくなっているのを自覚しつつ、雅雄は立ち尽くす。
遅れて炸裂した爆風は、綺麗に雅雄とツボミを避けて後方に流れていった。雅雄にはリアルなゲームか何かにしか思えない。誰かが魔法で雅雄とツボミを守ってくれたのだろう。
それが誰なのかというところまで、雅雄の頭は回っていなかった。紫色のドレスで着飾った静香──強欲の魔王マモンは、優雅に雅雄たちの前に降り立つ。
「フフフッ、邪魔者は消えたわ。ここなら、誰の邪魔も入らなさそう……! 今までの穴埋め、してもらおうかしら」
雅雄は身動き一つできず、目の前のマモンをただ眺める。こんなの、無理だ。メガミがいたとしても勝てっこない。今さらながら雅雄は現実を認識し、体を小刻みに震わせた。足が動かない。まだ立っていられることが奇跡的だ。
しかし、雅雄のあずかり知らぬところで物語はまた動き出す。
「……まだ終わっちゃいないぜ!」
未だに舞い続ける砂塵の中で、氷の塊が浮いていた。氷は砕け散り、炎の翼を広げたサタンエル・サルターンが出てくる。剣の切っ先に形成している特大ブラックホールも健在だ。
サタンエルSは無造作に剣を振る。ブラックホールが戦艦大和と原子力空母に向かって突進した。ひとたまりもなく大和も空母も真ん中から二つに折れつつ転覆、空中で派手に轟沈する。戦争映画のワンシーンのようだ。
やはり彼こそが真の主人公なのか。戦いは終局へ向かって加速していく。
○
「しぶといわね……! どうして生きてるの?」
「魔力で耐えた。それだけだ」
正確に言えば、大和の砲弾はブラックホールで砕き、核爆発は氷の壁を張って凌いだ。何にせよ、意志の力で魔力をブーストした結果である。サタンエルSの魔力はさらに増していく。
大和も空母も片付けた。もうマモンに手はないはずだ。炎の翼を羽ばたかせてサタンエルSはマモンと雅雄たちの間に割り込み、剣を抜いて斬りかかる。マモンは出現させた機関銃を乱射しながら後退した。
「これで終わりと思わないことね!」
今度は空中にイージス艦が出現する。甲板から発射されたミサイルがサタンエルSに降り注ぐが、サタンエルSは全く動じない。
「無駄だ! 『命の剣』!」
再びサタンエルSはブラックホールを作る。ミサイルはブラックホールに吸い込まれて無効化された。マモンはミサイルに紛れて火の魔法を乱射してくるが、〈リヴァイアサンの盾〉で弾くだけだ。サタンエルSには届かない。
46センチ砲も核も作れないマモンなど、サタンエルSの敵ではなかった。圧倒的に火力が足りなさすぎる。
「今度はこっちから行くぜ! 『神の業火』!」
サタンエルSの火球がマモンを狙う。例によってマモンは機雷群を展開して凌ごうとするが、今度は注ぎ込んだ魔力が違う。機雷の爆発程度ではびくともせず、ストレートにイージス艦の艦橋に立つマモンに突っ込む。
「チィッ!」
舌打ちしてマモンはイージス艦から飛び降りる。あえてサタンエルSは『神の業火』にマモンを追尾させなかった。『神の業火』はイージス艦に着弾する。装甲板など皆無でミサイルがたっぷり詰まったイージス艦は炎に包まれ、大爆発を起こす。
「逃がさねーぜ!」
マモンは爆発に紛れて逃げようとするが、サタンエルSは見逃さない。盾で爆風から身を守りながら剣を振りかざし、マモンを追いかける。
「フフフッ、掛かったわね!」
炎の中で、またもマモンは核爆弾を用意していた。自爆覚悟で勝負に出たのだ。だが、これもサタンエルSの読みの範疇である。
「だと思ったよ。『氷の銛』!」
サタンエルSはあえて大技ではなく、氷でできた銛を打ち出すだけのしょぼい技を使う。小技なので破壊力はないがすぐに打てるし、数を用意することが可能だ。十数本の『氷の銛』が二メートルサイズの核爆弾を撃ち抜いてハリネズミにする。マモンは青ざめた。核爆弾は爆発しない。
「やってくれるわね……!」
起爆装置を破壊すれば、核爆弾は爆発しない。記憶から理屈もわからずコピーしただけなので、マモンが魔力を使って自力で核を臨界に持っていくことも不可能だ。彼女は何をどうすればいいのかわかっていない。
もう、マモンにできるのは逃げの一手だけだ。手榴弾を撒き散らしながらマモンは後退する。仕切り直してまた巨大兵器を呼び出す気だろうが、そんなことはさせない。決着をつけてやる。サタンエルSは〈ベルゼバブの剣〉を振った。
「『生贄の嵐』!」
本来、作り出した使い魔を生贄に捧げて呼び出す暴風を、サタンエルSは自分の魔力だけで作り出す。マモンは爆弾を呼び出して吹き飛ばそうとするが、無駄だ。爆弾程度ではびくともしない。そして嵐は大きすぎて逃げることも不可能である。マモンの顔が恐怖に歪んだ。
「死ぬなんて嫌……! 死にたくない!」
「だったら人を殺そうとするな!」
今さら容赦してやることなんてできない。生命の危機に瀕したマモンは必死に魔力で炎の壁を作り上げ、『生贄の嵐』を受け止めようとする。しかしサタンエルSは注ぎ込む魔力を増やして応じる。嵐の勢いが、一段と増した。
炎の壁は破られる。サタンエルSの全ての魔力を注ぎ込んだ嵐はマモンを飲み込んでバラバラに切り刻み、粉砕し、絶命させた。




