23 サタンエル・サルターン
「そういえば葵はどこにいるんだ? 全然反応を感じねえけど」
シンは思い出したように尋ねる。羽流乃が答えた。
「多分現世でしょう。普通にあの世界から出れば元の肉体に戻るはずですから」
最後の最後でヤスさんはワールド・オーバーライド・オンラインの出口をこの戦闘用閉鎖空間に繋げ、シンたちも静香も現世には出さなかった。この現世からもワールド・オーバーライド・オンラインからも切り離された空間で、思う存分に戦えということらしい。
「じゃあ、あの二人は?」
シンは華奢で童顔な少年と、短髪で凜々しい顔をした少女の方を見る。少女の方が応じた。
「ボクらは神林メガミに体を封印されてたから……。多分、この世界に彼女が体を隠してくれていたんだと思う」
なるほど、あの魔法少女はそういう方法で二人を守っていたのか。シンたちを見ても全然驚いていないし、この二人は静香ともメガミとも浅からぬ関わりがあるようだ。シンはピンときた。静香らはこの少年を取り合っているのだ。だったらこの少年は……。
「おまえ、かわいい顔してなかなか色男だな……! おまえら、名前は?」
シンに訊かれ、少年はおどおどと、少女は胸を張って堂々と名乗った。
「ぼ、僕は平間雅雄……」
「ボクは香我美ツボミ」
前に静香から聞いていた名前だった。シンは名前を聞いて大仰にうなずき、二人に宣告した。
「よし、雅雄にツボミだな……! 今から俺たちがあいつをぶっ倒す。そのために俺たちは地獄から来た。ここは危険だから、できるだけ遠くに避難してくれ!」
「わ、わかりました……!」
雅雄とツボミは首肯して、静香から遠ざかるように駆け出す。その姿を見送ってから、改めてシンは静香と対峙する。
「一応訊くけど、大人しく地獄に帰る気はないか? 悪いようにはしない」
「それはこっちの台詞よ。私は忙しいの。雅雄をかわいがらなくちゃいけないし」
やるしかないようだ。今さら手加減など、シンもする気はない。最初から全力全開でいく。一瞬で叩き潰してやる。
「羽流乃、麻衣、冬那! 力を貸してくれ!」
三人はそれぞれシンの呼びかけに応じる。
「もちろんですわ!」
「一緒に戦おうや、シンちゃん!」
「先輩となら、どこまでも!」
羽流乃、麻衣、冬那は巨大な光の球に姿を変えてシンの中に取り込まれ、シンの体も変質を始める。シンの服が弾け飛び、みるみるうちに葵と同じ姿になる。
「「「「全ての魔王の力を一つに! 顕現せよ、最強にして最後の魔王サタンエル・サルターン!」」」」
美しい裸体に深紅の甲冑が装着され、両の手で出現した群青の盾と濃緑のバスタードソードを掴む。シンたちの最終形態にして地獄を統べる大魔王サタンエル・サルターン。みんなの魂が集ったこの姿で、負けるはずがない。
「さぁ、降伏するなら今のうちだぜ……!」
〈ルシフェルの鎧〉、〈リヴァイアサンの盾〉、〈ベルゼバブの剣〉で武装したサタンエルSは、静香に最後の警告を発した。その規格外の強大な魔力故に、世界全体がビリビリと震え続ける。
しかし、静香が聞くわけがない。静香はサタンエルSを前にしても、自分の勝利を疑ってはいなかった。静香は紫色のアメジストの指輪をはめる。静香は光に包まれ、紫のドレスを纏った姿になる。強欲の魔王マモンとしての力を解放したのだ。
「さぁ、死体も残らないくらいにバラバラにしてあげるわ……!」
マモンは出現させた機関銃をこちらに向ける。ノータイムでマモンは引き金を引いた。
「言ったでしょう? そんなメルヘンな武器じゃ銃には勝てないわよ!」
「それはどうかな……?」
サタンエルSは炎の翼を広げた。周囲に凄まじい高熱が拡散する。サタンエルSに向けて五月雨に直進していく弾丸は、全て空中で燃え尽きた。
「だから何? それだけだと思わないことね!」
マモンは片手で機関銃を撃ち続けながら、もう一方の手で杖を取り出す。ワールド・オーバーライド・オンラインの世界でそうしていたのだろう、マモンは杖から巨大な火球を放つ。
「そっちこそ、俺がこれだけだと思わないことだな!」
〈ルシフェルの鎧〉からの熱障壁を展開したまま、サタンエルSは〈リヴァイアサンの盾〉を掲げる。〈リヴァイアサンの盾〉からは噴水のように水が噴き出し、火球を消してしまう。
〈ルシフェルの鎧〉が物理攻撃を焼き尽くし、〈リヴァイアサンの盾〉が魔法を鎮火してしまうという鉄壁の防御。だが、サタンエルSの本質は防御ではない。さらにサタンエルSは〈ベルゼバブの剣〉を振って攻撃する。不可視の風の刃はかなりまで伸び、スッパリと機関銃の銃身を切断した。
慌ててマモンは飛び退くが、サタンエルSはさらに踏み込んでいく。見えない風の刃を乱射してマモンを翻弄しつつ、サタンエルSは魔法を使った。
「『神の業火』!」
マモンが放ったそれの数倍以上も大きい火球が、〈ベルゼバブの剣〉から放たれる。マモンはサイドステップで避けようとするが、火球はマモンを見失うことなく追いかけていく。
「チイッ、しつこいわね!」
マモンは盾にするように空爆用の大型爆弾を自分の前に出現させた。爆弾は大爆発を起こし、マモンにダメージを与えながらも火球を吹き飛ばす。強引だが、マモンは大魔王の一撃を凌ぎきった。爆風の中からボロボロのドレスを纏ったマモンは現れ、健在ぶりを誇示する。
「私にここまでさせるなんて、少しはやるみたいね。つまらないファンタジーは終わりにして、戦争をしましょう? これにはあなたも勝てないでしょう?」
マモンが放出した莫大な量の魔力が、巨大な質量となって顕現する。目にしたことのあるどんな船よりも大きいくろがねの船体。甲板に鎮座する巨砲の数々に、要塞のような圧迫感を放ちながら屹立している艦橋。船首には菊の御紋。サタンエルSは、これが何であるか知っている。テレビや映画で、何度もその姿を見た。
「戦艦大和よ。雅雄、流れ弾で死んじゃったらごめんなさいね」
マモンは艦橋のてっぺんに立ち、サタンエルSを見下ろして言った。




