20 領主の館
【ブレイバーズシティ】に到着した雅雄たちは、立ち往生していた。当たり前である。プレイヤーである雅雄たちは町中での戦闘を禁止されている。雅雄たちは領主の館に押し入ることはできないのだ。
「どこかに隠し扉とかないかな。心当たりない?」
領主の館の周囲をうろうろしつつ、少々顔を引きつらせながら葵は尋ねる。そもそも葵は最初にログインしたとき【ブレイバーズシティ】に出現し、領主の館が怪しいことはわかっていた。にもかかわらず魔力の気配を追って雅雄たちのところに現れたのは、独力ではどうにもできなかったからだ。素知らぬ顔で館の奥に侵入しようとしても、衛兵につまみ出されて終わりだった。葵に無理なら、雅雄にもツボミにも無理である。
「あ~、もう、シンたちは何やってるんだよ……!」
葵によると、当てにしている仲間の気配はこの世界にあるものの、かなり遠いそうだ。ヤスさんによって出現位置を操作されたのだろう。雅雄たちはしばらく領主の館の周囲を探ったが、アリ一匹這い入る隙間がない。雅雄たちは領主の館の前で途方に暮れるしかなかった。
しかし、問題は簡単に解決される。静香が『Lv.99 魔王』のスペシャルバーストを使ったまま押し入ってきたのだ。
「私は魔王マモン……! この世界を滅ぼす者よ! 命が惜しくないなら掛かってきなさい!」
衛兵たちはせいぜいLv.30なので全く歯が立たない。蜘蛛の子を散らすように衛兵は逃げだし、静香は正面から乗り込む。
「シンたちも近づいてきてる……! チャンスだね! 今のうちに忍び込もう!」
葵に続いて雅雄とツボミも領主の館に突入した。
三人は物陰に身を隠しながら館の中を進む。それなりに広い館ではあるが、人っ子一人見当たらない。静香に恐れをなして逃げてしまったのだろう。
少し奥まで行くと、ガチャガチャと静香が戦っているらしい音が聞こえた。雅雄は壁からそっと顔を出して様子を伺う。
「雑魚はどきなさいよ!」
中庭を囲む大回廊で『首なしナイト Lv.99』の群れが殺到し、静香を通せんぼしていた。静香の魔法は一撃で首なしナイトを蒸発させるが、数が多すぎて先に進めない。ちなみに中庭には大きな池があり、突っ切るのは不可能だ。
「……ボクらであれと戦うのは厳しいよ。ここは迂回して他のルートを探そう」
ツボミは提案し、雅雄と葵はうなずいた。三人は広間まで一旦撤退する。
「迂回はいいけど、あそこを通らないと奥には行けない気がするなあ。何かアイデアはない?」
葵はサラサラと館の地図を描き、雅雄たちに見せる。行き当たりばったりに歩いていただけなのに、しっかりと道を把握していたらしい。さすが魔王を名乗るだけのことはある。
地図を見ると、確かに館の奥へと通じていそうなのは大回廊だけだ。他のルートは全部、ぐるりと回って最初の大広間に戻りそうである。あるかどうかもわからない隠しルートを探さなければならない。
「RPGなら近くに抜け穴でもありそうなものだけど……」
地図を見てツボミは考え込む。残念ながらそのパターンはなさそうな気がする。あの大回廊は館の奥を守る最重要拠点だ。その近くにちょっとした抜け穴があったとしても、多分ヤスさんは対策している。このゲームの開発者──ツボミの兄ならメタ的な対策ができない場所に道を作るだろう。
「望み薄だけど、二階でも捜してみるかい?」
半ば投げやりに葵は言った。抜け穴がないとすれば、それくらいしか道はない。あまりにあからさま過ぎて、望み薄に思えるが。
「……いや、きっと二階に道はあるよ。二階に行こう」
雅雄は断定した。この世界はリアルな異世界だが、あくまでゲームの世界だ。攻略できないように作っているはずがない。館は防御を意識した複雑な構造をしているが、だからこそ逆に雅雄は確信した。
ゲームでこういうデザインなら、イベントか何かで攻略されるという想定だ。当然、大回廊は主戦場になる。抜け道は巻き込まれないよう大回廊を大きく迂回して本営に通じるように作られているのではないか。ならば地下道ではなく二階か、もしくは屋根だろう。
そもそも地下道の必然性がないので、ゲームとして突然出てくるのは不自然である。館に地下道があるなんて情報は今まで入手したことがなかった。後から情報が出始める可能性もなくはないが、現時点では素直に二階か屋根だと考えるべきだ。
「わかった。君の言うとおり、二階を捜してみよう」
葵の言葉とともに雅雄とツボミも二階へ上がった。
○
結論から言うと雅雄の予測は大当たりだった。置いてある調度品を足掛かりに天井裏に出たり、ベランダから屋根に昇ったりして館の奥を目指せる。そうしてしばらく進むと、一階に降りる階段を見つけた。雅雄たちは階段を降りて、再び一階に戻る。
「感じ的にはこの辺だね」
葵は広間に出て周囲を見回す。領主の私室といった雰囲気だ。いかにも怪しい肖像画が飾ってあった。雅雄は肖像画を動かす。壁がへこんでいて、何やらレバーがあった。この世界にそぐわない、取っ手がプラスチック製の現代的なものだ。雅雄はレバーを動かす。
ゴゴゴ……と部屋全体が震え、地下への階段が部屋の真ん中に出現する。石造りでも煉瓦造りでもない、鋼製の階段。雅雄たちはプレハブ倉庫のような内装の地下室へと降りていく。
「なんだ、ここ……?」
雅雄は目をパチクリとさせる。辿り着いた先は、実験室のような雰囲気だった。薄暗い部屋の中で円筒形の水槽がたくさんあり、モンスターと思しき物体が浮かんでいる。ファンタジーではなくSFの世界だ。
「なるほど、ここでモンスターを作る実験をしていたんだね……」
葵はつぶやいた。強い魔力の残滓を感じているそうだ。
「……! 雅雄、こっちに来て!」
「何……?」
ツボミに呼ばれて奥へと歩いて、雅雄は息を呑む。水槽の中で、美しい裸体を晒してメガミが浮かんでいた。




