18 方針
最初の原っぱから逃げ出した雅雄たちはとりあえず【はじまりの村】に逃げ込む。ここなら戦闘禁止区域なので静香に襲われる心配はしなくていい。落ち着いたところで、改めて葵は自己紹介をしてきた。
「僕は歌澄葵。葵って呼んでほしい。察してるかもしれないけど、さっきの女の子──業田静香さんの同類さ。君らは?」
逆に葵に訊かれ、雅雄とツボミは自分の名前と静香との関係を少し迷いつつも答える。
「僕は平間雅雄。静香ちゃんとは……幼馴染みかな」
「ボクは香我美ツボミ。業田静香は……宿敵だね」
雅雄とツボミの言葉を聞いて、葵は勝手に納得する。
「彼女と君らが戦っていたのは、そういうことか……。痴情のもつれって、怖いねえ。ま、僕もあまり人のことはいえないけど……」
「い、いや、そういうのじゃないと思う……」
しどろもどろになりながら雅雄は主張するが、今はそんな話をしている場合ではない。ツボミは葵に訊いた。
「業田さんと同類……ということはリアルの世界で彼女に勝てるの?」
「一人では無理だね。僕が魔王の力を使うためにはシンがいないと。でも、シンもこの世界に来ているよ。業田静香を追って」
改めて葵は要請する。
「だから僕はシンたちと合流しなきゃならない。力を貸してほしいんだ」
「そんなこと言われても……」
雅雄はうつむく。雅雄もツボミも、静香に完全敗北したのだ。今さら、何ができるというのだ。雅雄が意味もなく地面に視線をさまよわせていると、ツボミに肘で軽くつつかれた。
「……確かにボクらは負けたよ。でも、まだボクらにできることはあるはずだ。ボクらの戦いを続けよう。それがボクらのスタイルだろう?」
「……そうだね。これも、僕らの戦いなら……!」
雅雄は顔を上げる。Lv.1でも、ずっと諦めずに戦ってきたのだ。リアルで静香に殺されて終わるなんてエンディングは望んでいない。やれることをやっていこう。雅雄に代わって、ツボミが言う。
「葵さん、何でも聞いてください!」
ゲームシステム的なことなら一生懸命穴を捜したので雅雄も詳しい。力になれるはずだ。葵は尋ねた。
「僕一人じゃシンや業田静香がどこに向かっているのかわからないんだ。魔力を追えば方角くらいはわかるけど、町に入られるとアウトさ。だから、彼女が向かった先に心当たりがあったら案内してほしい」
「静香ちゃんがどこに向かってるかなんて、僕にもわからないよ……」
サイコパスの行動なんて雅雄にわかるわけがない。せっかくやる気になっていたのに出鼻をくじかれて雅雄はうなだれ、葵は苦笑した。
「そう難しく考えなくても大丈夫だよ。その彼女やシンたちは、この世界の肉体で外に出ようとしている。出口を捜せばいいだけさ」
だから、それがわからないのだ。雅雄たちはスマホやPCのアプリを操作すれば、次の瞬間にはセーブポイントに現れている。どこかを通ってこの世界に出ている覚えなんてない。
「なるほどね。じゃあ、この世界の管理者──神様とやらは、現世とこっちで違う肉体を使ってる?」
葵に訊かれて雅雄は思い返す。言われてみれば、ヤスさんの格好はリアルでもゲームでも同じだ。確証はないが、神様が別の世界に行くからといってわざわざ新たな肉体を作るだろうか。葵の推測通りなら、この世界とリアルをつなぐ出入り口があってもおかしくはない。さらに葵は続ける。
「多分、このゲームの目的はこの世界の肉体を現世に持ち出すことだ……。出入り口はきっと、ゲームのクリア地点にあるよ」
なぜ葵が断定するのかはわからなかったが、雅雄は考えてみる。
「ゲームのクリア地点……? 魔王城なんだろうけど、とても今からそんなところを目指すのは無理でしょ……」
そんなところにGMたるヤスさんが常駐しているとも思えない。遠すぎてプレイヤーを管理しにくいだろう。
そこまで考えて雅雄はひらめいた。いや、待て。エンディングを迎えるのは本当に魔王城か? 普通は勇者の故郷だったり、王様の城だったりに行くのではないだろうか。
同じことに思い当たったのだろう、ツボミはつぶやく。
「きっと【ブレイバーズシティ】にある領主の館だ……! エンディングなんて、そこしかありえないよ!」
多数のプレイヤーが拠点としているので、GMの仕事もしやすいと思われる。本当に出入り口があるという確証はないが、静香なら雅雄たちと同じ結論に達しているだろう。【ブレイバーズシティ】を目指すと見て間違いない。
「なるほどね……。あそこは僕も怪しいと思ってたんだ。やっぱりあそこしかないか」
葵も同意する。雅雄たちは【はじまりの村】にあるセーブポイントから【ブレイバーズシティ】に飛んだ。
○
「なぁ、このゲーム、クソゲーじゃね?」
モンスターと戦いながら、シンは唐突につぶやいた。羽流乃は眉をひそめて訊き返す。
「どういう意味ですの?」
「だって、敵が弱すぎるじゃん。本当にこいつらレベルマックスなのか?」
丘の上でシンたちを囲んできたのは『首なしナイト Lv.99』だったが、あまりに歯ごたえがなさ過ぎる。緩慢に剣を振って突っ込んでくるばかりで、戦術性も何もない。シンが初期装備の剣を振ると、数体単位であっさりバラバラになってしまう。剣で斬られても、シンの肌には傷一つつかなかった。
「シン君が強すぎるだけですわ! 嫌みですか!?」
羽流乃は絶叫する。羽流乃は敵の攻撃を全て避けて必死に何の変哲もない両手剣を振るうが、首なしナイト一体さえ倒しきれない。Lv.30の無職では火力が足りないようだ。そして一発でも喰らうと羽流乃はおそらく即死してしまう。
「でもクソゲーっていうのも本当やと思うで。この手のゲームはみんな平等じゃないとつまらんけど、シンちゃんは強すぎや」
麻衣や冬那も羽流乃ほどではないが、一体を倒すのにそれなりに時間を掛けている。結構レベル差は重いゲームであるらしい。
「いいんじゃないですか? 主人公が弱すぎると、きっとつまらないですよ」
冬那は投げやりに言った。冬那もシンの無茶苦茶さ加減に呆れているらしい。
「ま、ウチらは脇役らしくシンちゃんを支援することやな」
魔法を使える麻衣と冬那はシンに支援魔法をかけ始める。戦いながらステータスウインドゥを確認し、試しにシンも魔法を使ってみた。
「え~っと、『フレイム・エクストリーム』」
シンは全属性の魔法が使えるようなので、とりあえずベーシックな炎の魔法を使ってみた。軽く説明を読んだ限りでは特大の火球を飛ばす魔法のようだ。
シンの放った火球はそのまま直進するのかと思いきや、途中で弧を描くように広がり、首なしナイトの群れに炸裂する。炎は着弾した瞬間に爆発し、猛烈な火柱を上げて首なしナイトたちを焼き払った。もう首なしナイトは数えるほどしか残っていない。
「ほ~ん、魔法ってすげーんだな」
「いや、こんな風になるのはシンちゃんだけやと思うで……」
麻衣は嘆息する。ともかく、この調子で道を切り開くのだ。先を急ごう。




