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23 魔法使いのいない村

 シンはその夜、村で男の家に泊まった。男の名は、マキナといった。マキナの家は木の柱を直接地面に建て、やはり木製の壁と屋根で周囲を囲っただけの粗末な小屋である。床などないのでござをしいて直接地面に座り、部屋の中央に作った囲炉裏の火で暖をとる。マキナは簡単な豆のスープを作り、シンに差し出した。


「こんなものでよければ、食べてくれ」


「いえ、とてもありがたいです……。ご馳走になります」


 シンは木の食器を受け取り、スープをすする。温かさが空腹に染みた。


 食事をしながら、マキナは自身の話をしてくれた。


「これでも私は昔、王都で役人をやっていてね……。建設大臣になったこともある。今はただの種なしだがね……」




 マキナは転生者である。前世の記憶はないが、同時期に来た転生者の中ではトップクラスの魔力を持っていた。しかし残念ながら貴族の血統とは認められなかったため、独力で成り上がるしかない。


 身を立てるため、マキナは試験を受けて官吏になった。この世界の文字は魔法陣に情報を焼き付ける形式であるため、仕事に魔法は必須である。出世すればするほど大量の情報を処理するための魔力が求められる。貴族と認められた同期を追い越すため、マキナは必死に働いた。


 マキナは才能もあったのだろう、必死に魔法を磨き、ついには建設大臣にまで登り詰めた。マキナの野望は留まるところを知らず、最後の目標、宰相に向かって動き出した。


「あの頃の私は、思い上がっていたのだろうね。あのロビンソン・ヘルへイムを失脚させようと目論んでいたのだから……」


 マキナは必死だったのだ。建設大臣程度では、長い王国の歴史では忘れ去られるだけである。この世界には基本的に死はないが、あまりに時間が経つと魂が摩耗して魔力が衰え、引退を余儀なくされる。


「魂が摩耗しきって転生してしまう前に、私はどうしても宰相になりたかったんだ」


 自分の領地で永久に当主として名前の残る同期の貴族たちのように、マキナは歴史に名を刻みたかった。宰相になれば、その願いが叶う。しかし、マキナの夢はあっさりと潰えた。


 マキナを支持していたはずの部下が、土壇場で裏切ったのである。部下は「このままマキナが宰相になっても、誰のためにもならない」と涙ながらにマキナを告発した。


 実際、冷静になってみれば部下が正しかった。王家の血統が絶え、国王不在が続く中で国内をまとめられるのはロビンソンだけだっただろう。




「え? この世界では、誰も死なないんじゃ……?」


 シンは思わず口を挟むが、マキナは教えてくれた。


「転生させることはできるんだ。こことは別の世界にね……。他の方法もあるけど、あまりそちらは考えたくないな……」


 なるほど。何らかの陰謀に巻き込まれて、シンたちが元居た世界に転生させられたということかもしれない。他の方法というのも気になるが、こちらは今重要でない。シンの世界に転生したという説がこの場合は有力なのだ。シンは話題に出してみる。


「今は女王がいるらしいですけど」


「黄金の国からの転生者に中に王家の魂を持つ者がいたらしいね。かつて黄金の国へと転生させられた者が戻ったのかもしれない」


 では、女王というのはシンの同級生の誰かなのだろう。マキナは話を続ける。


 クーデターが未遂に終わったことで、マキナは財産の一切を奪われ追放処分になった。マキナは絶対に再起してやると強く誓いながら腰縄を掛けられ、王宮から追い出された。その際にロビンソンを見て、考えが変わった。


 ロビンソンの執務室の前を通ったとき、ロビンソンはマキナの失脚を喜ぶでもなく淡々と机に向かって仕事をしていたのだ。ロビンソンは全くマキナに興味を示すことなく、山のように積まれた案件を静かに処理し続けていた。


 マキナはロビンソンが自分のことを路傍の石ころ程度にしか見ていないのだと腹を立て、どう罵ってやろうかと口を開きかけたが、そうではなかった。王都十四番街の開発。西方領土へと通じる国道の舗装計画。ロビンソンの前に山積みになっていたのは、マキナが進めていた仕事だった。


 ロビンソンは反逆者の構想など破棄して、自分色の計画を新しく立てればいいのに、わざわざマキナの構想を引き継いでいたのだ。おそらく、マキナの計画がそれなりによかったから。マキナは言葉を失い、己の不明を恥じた。


 ようやくマキナは、宰相になって歴史に名を残すという野望が、独りよがりでしかなかったと理解し、最も宰相にふさわしいのはロビンソンだと認めた。もう、マキナにできることはない。責任をとって消えることがマキナの最後の仕事だ。




 以来、マキナは魔力を失った。後はシンと同じである。わずかなお金をすぐに使い果たし、この村に流れ着いたというわけだ。


 シンは尋ねる。


「……夢をなくしたら魔力を失うってことですか?」


「わからない。関係ないとはいえないだろう。魔力とはすなわち魂の力であり、魂とは精神力だからね。魂が、精神が擦り切れれば魔力はどんどん弱まる」


 その後、囲炉裏の炭火がもったいないということで早々に消灯し、シンとマキナは就寝した。


 横になってシンが考えたのは、なぜ自分に魔法が使えないかということである。シンには、夢がないからだろうか? いわれてみれば、シンはどうしてもこれをやりたいという夢はない。悪は見過ごせないし、できるだけ世の中をよくしたいとは思っている。だが、そのために何になればいいのか、シンにはさっぱりわからなかった。


(だから俺は……転生しても何にもなれなかったのか?)


 答えは出なかった。

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