17 大魔王の嫁
突然の闖入者に困惑したものの、脅威度は低い。そう判断したのだろう、葵と対峙した静香は告げる。
「歌澄葵……? どこかで聞いたことのある名前ね……。でも、思い出せないってことは、どうでもいいってことだわ。のこのこ出てきて、何のつもりかしら? 私の邪魔をするなら、死んでもらうことになるけど?」
「現世を乱そうとする君こそ、大人しくしないなら死んでもらうことになるんだけどね……?」
葵はそう言って杖を静香に向ける。地面に突っ伏したまま、雅雄は「歌澄葵」の名前をどこで聞いたか思い出していた。
(そうだ……。三年前の飛行機事故の、生き残りだ……!)
だけど飛行機事故と静香に関連があるとは思えない。メガミと同じように魔法少女か何かで、不思議な力を持っているということだろうか。
「そう。交渉決裂ね。今すぐ死んで。『フレイム・エクストリーム』!」
静香は特大の火球を放つ。このゲームで最強クラスの魔法だ。多分リアルの世界ではメガミと同じように葵は戦闘力があるのだろうが、この世界においてはログインしたばかりの初心者に過ぎない。思わず雅雄は目を閉じるが、葵は見事に対応して見せる。
「『ロック』!」
杖の先からサッカーボール大の岩が射出され、静香の火球に向かっていく。岩は火球にぶつかり、火球はわずかに方向を変える。結果として、火球は明後日の方向に着弾した。
「ふうん……? ちょっとはやるじゃない」
そう言いながら静香はゆっくりと葵の方に歩き出す。変に魔法を使うより、小細工が介在する余地なく殴り倒した方が早い。多分静香の考えは正しいだろう。
それでも葵は余裕を崩さない。のんびりとした口調で静香に警告を発するだけだ。
「いいのかい? 僕なんかに構ってて。本当に君が気にしなければならないものは、後ろから来てるんじゃないかな?」
「何? 私を引っかけてるつもり? つまらないことしないでよね。……ッ!」
静香は身を翻し、背後から振り下ろされた剣を避ける。そこにいたのは『首なしナイト Lv.99』だった。その名の通り頭がない甲冑だけの化け物が、剣を振り回している。
「『フレイム・エクストリーム』!」
即座に静香は魔法を撃ち込み、首なしナイトはバラバラになって吹き飛ぶ。モンスターは同レベルのプレイヤーよりはずっと弱い。魔法の一撃で死ぬのも無理もないことだが、モンスターはいくらでもポップしてくる。
「な、なんなのよ、これ……!」
さすがの静香もたじろいでいた。『首なしナイト Lv.99』が十数体も一列横隊を形成し、ガチャガチャと甲冑から音を鳴らしてこちらに歩いてきている。ホラー映画のワンシーンだと言われても信じてしまいそうなくらいに、不気味な光景だ。
もちろん首なしナイトたちの標的は静香である。一部の首なしナイトはボウガンを装備していて、静香目がけて射撃してくる。静香は矢を避けながら魔法を撃って何体かを薙ぎ倒すが、恐怖心も何もないアンデッドたちは統制のとれた軍隊のごとく粛々と行進を続けるばかりだ。静香は剣を呼び出して斬りかかってくる首なしナイトたちを捌いていく。
「これは厳しいわね……!」
戦いながら静香は撤退の算段をしている。あの数で攻められたらスペシャルバーストの持続時間が保たない。もはや静香に、雅雄たちを気にする余裕はなかった。
「さぁ君たち、今のうちに逃げよう!」
「う、うん……!」
葵は雅雄とツボミを立たせる。そのまま雅雄とツボミは葵に手を引かれて遁走した。
○
「ここがワールド・オーバーライド・オンラインの世界か……」
小高い丘の上から周囲を見回してシンは感心したように声を上げた。煉瓦造りの中世ヨーロッパ風の都市が鬱蒼とした森の海に島のように浮かんでいて、一直線に伸びる街道で複雑につながれている。シンたちの住まう地獄にも似ているかもしれない。本当の本当に異世界だ。この世界は作り物などではない。
ただ、パッと魔力を探った限りでは、全てが本物というわけではないようだ。人間らしい波長を放っている魂は都市と思われる一部に集中して存在するのみで、フィールド上に点在するそれにはほとんど機械のごとく一定の波長しか感じない。モンスターは作り出した肉体に人工の魂を乗せているだけなのだろう。
「うん、問題なく本物の肉体をゲットできましたね。このまま現世に出られれば生き返ったのと同じです」
冬那は自分の体を見ながら言った。シンが冬那の方に目をやると、ゲームらしくステータス表示画面がポップしてくる。『黒海冬那 Lv.70 マーメイド』。ログインしたばかりなのに随分と高レベルだ。
「この体をどうにかこの世界から持ち出さなアカンな。今ごろマモンも出口を捜してるやろ」
腕組みして考える麻衣は『Lv.80 サキュバス』である。これなら、この世界を探索するにも支障はなさそうだ。
「みんな随分とレベルが高いんだなあ。サクッとゲームクリアできるんじゃね?」
シンは発言するが、麻衣は呆れ声で応じる。
「何言うてんねん。一番おかしいのはシンちゃんやで」
「そうですわ。あなた一人でクリアできそうな勢いですわよ」
「え? どういうことだ?」
羽流乃にも言われ、シンは自分のステータスウインドゥを開いてみる。中の表示を見て、シンは目を剥いた。
「『Lv.99 魔王』!? なんだこりゃ!?」
言われてみれば、シンが着ているのはいかにも魔王っぽい真っ黒な鎧だ。ちなみに麻衣と冬那はそれぞれ魔法使いと僧侶といった趣である。
「ま、見ての通りや。レベルは人外度に応じて決まるみたいやな」
「悪かったですわね」
麻衣は肩をすくめ、羽流乃はちょっと不満げに足下の小石を蹴った。『紅羽流乃 Lv.30 無職』。一応羽流乃は人間なので、みんなよりはかなり低いレベルに留まっているということのようだ。服装も、剣を持った旅人といった体である。
「でも助かりましたね。このレベルなら、戦うことができそうです……!」
「この世界やと、ウチらの力は使えんみたいやからな……!」
冬那と麻衣が後ろを振り返りながら言う。Lv.99のモンスターが、わらわらと現れてシンたちを囲もうとしていた。
「なるほど、私たちは歓迎されていないようですわね……」
羽流乃は初期装備の剣を抜いた。この世界でシンたちを抹殺しようという作戦のようだ。まあ、ヤスさんの立場では仕方がないのだろう。
「よし、さっさとやっつけてマモンを追うぜ!」
シンたちはそれぞれの装備を手にモンスターたちに突っ込んでいった。




