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「終わりですわ! 『神の業火』!」
ルシフェルが放った巨大な火球の直撃を受け、メガミは吹き飛ばされる。それでもメガミは立ち上がり、ステッキを構えた。しかしシンたちも悠長にそれを待っているはずがない。シンと羽流乃は分離し、次は麻衣の小さな体を抱きしめる。
「世界に満ちるは風の力! 背負いし罪は命を守る暴食! 蘇れ、魔王ベルゼバブ!」
シンと麻衣はキスをした。緑の外套に黒い翼の魔王は一陣の風とともに降臨する。
「自分の弱さを認めたとき、暴食は分け合う強さに変わる……! 悪いけど、もうお仕舞や」
「まだ私は、負けてない!」
メガミはコスチュームも天使の翼もボロボロになっていたが、それでも戦う。同じように炎を扱う形態なので、耐性があるのだろう。諦めず、炎と雷撃を撃ちまくりながら突撃してくる。でも、もう終わりだった。
「すまんな、ウチらの勝ちやで」
雷で作った剣でメガミの魔法を弾きながら、ベルゼバブは宣告する。たまらずヤスさんは叫んだ。
「メガミ、後ろだ!」
「えっ……?」
呆けたような顔をしてメガミは後ろを振り返る。もう一体のベルゼバブが、余裕の笑みを浮かべて立っていた。こっそりとハエを飛ばして分身を作っておいたのだ。
「「『天の雷』!」」
二体のベルゼバブはそれぞれメガミに特大の雷を落とす。メガミに避ける術はない。雷の直撃を受けたメガミはその場に倒れ伏せ、戦いは終わった。
「ようがんばったけど、まぁこんなもんやろ」
気迫や魔力なら互角だったが、引き出しの数が違いすぎる。多分、タイプ・プロメテウスと互角以上に戦える相手と、メガミはほとんど戦ったことがなかったのだろう。気合で押し返そうとするという以外の作戦をとれなかった。
「クッ……!」
ヤスさんが中学校の制服姿に戻ったままピクリとも動かないメガミの元に駆け寄る。手加減はしたので死んではいないはずだ。何やらヤスさんがスマホを操作すると、二人の姿は消失した。彼ら二人もゲームの世界に逃げたのだろうか。
シンは麻衣と分離して冬那から拾ったスマホを受け取る。ワールド・オーバーライド・オンラインなるアプリがしっかりインストールされていた。
「これでウチらも体を手に入れようや。んで、マモンも捜そう」
「だな」
アプリは魂だけを異世界に転送するように設定されていた。シンたちは、ワールド・オーバーライド・オンラインにログインした。
○
誰かが起こしたタバコ小火事件のおかげで学校は半休。おかげで気分よく遊びに行ける。長船は自慢の彼女、恵実とお喋りしながら喫茶店までの道をぶらぶらと歩く。今日は学業もワールド・オーバーライド・オンラインの中でやっている鍛冶の仕事も綺麗さっぱり忘れてひたすら遊ぶことに集中する気だ。
映画はなかなかよかった。恵実は出演していた俳優のファンだったらしく、彼の来歴について熱心に語ってくれている。学校が違うのでゲームの世界で会うのが基本になってしまってはいるが、リアルのデートも乙なものだ。
雅雄とツボミはワールド・オーバーライド・オンラインの世界以外でもゲームばかりをしているようだが、こうやって外に出て楽しまないのはもったいないと思う。是非彼らもいろいろな遊びを覚えてほしいところだ。
(まあ平間から誘うのはハードル高いだろうな。今度ダブルデートでも誘ってやろうか)
恵実と喋りながら頭の片隅でそんなことを考えていると、恵実が立ち止まった。長船は尋ねる。
「どうしたんだ?」
「あれ、何!?」
坂の下の路上で、先ほどまで観ていたハリウッド映画のワンシーンのごとく、天使の翼を背中から生やしたメガミと甲冑で身を固めた女が戦っている。二人は炎やら雷やらを激しく撃ち合いながら得物で斬り合う。
「わ、わかんねーけど近づかない方がよさそうだな。隠れよう」
長船は逃げるのではなく隠れる判断をした。あれだけ派手にびっくり人間ショーをやっているのに警察はもちろんのこと野次馬さえいないのはおかしい。気付けば、長船たちの周囲にも人っ子一人いない。
乱闘しているメガミたちに長船が遭遇したというより、メガミたちが乱闘している空間に長船たちが迷い込んだということではないだろうか。だとしたら逃げるのがいい手だとは言えないかもしれない。長船は恵実の手を引いて万が一にでも流れ弾を喰らわないよう物陰に身を隠す。
(やっぱり……!)
チラリと自分のスマホを見て長船は確信した。勝手にワールド・オーバーライド・オンラインのアプリが起動している。多分こいつの影響で人払いの結界の中にでも迷い込んだのだ。恵実も状況を把握する。
「絶対、二人で無事に帰ろうね」
「ああ……!」
二人は物陰で抱き合ってうずくまり、嵐が過ぎるのを待った。
どれくらい時間が経っただろうか。多分十分も経っていない。しかし、身を隠している時間は長船にとって永遠にも感じられた。やがて、激しい戦闘の音が聞こえなくなる。長船はおそるおそる坂道の方を見た。誰もいない。
「終わったのか……?」
長船は立ち上がって物陰から出る。いつの間にか、ぽつりぽつりと周囲を人が歩いていた。戦いの気配など微塵もない。恵実も立ち上がり、つぶやく。
「夢だったのかしら……?」
長船にも、そう思えて仕方なかった。ゲームの世界に迷い込んだわけではない。現実世界で、メガミと誰かが戦っていた。
「夢じゃないよ。でも大丈夫。途中で君たちは彼らの時空から切り離されたから。何の影響も受けてない」
突然、長船たちの背後から声が掛けられる。そこにいたのは、黒髪ストレートの美少女だった。中学生……いや、高校生か?
「妙な気配が現れたから学校を早退して出てきたんだけど、ビンゴだね……! 君のスマホを貸してほしい。異世界への入り口になってるから。僕はシンたちを追いかけなきゃならないんだ。きっとみんな異世界を目指してる……!」
少女はニコリと笑みを見せる。一瞬で長船は理解した。「こいつは神様や神林の同類だ」。断る術はない。長船は、黙って自分のスマホを差し出した。




