10 予期せぬ対戦相手
「ならすぐに地獄に帰ればいいのではないかね。よかったら送って差し上げよう」
「そういうわけにはいかねえよ、神様。俺たちはやつを倒しに来たんだ」
神様の提案をシンはにべもなく断った。神様は愛想笑いを浮かべたまま交渉を続けようとする。シンたちが現世に現れたからといって、即バトルと洒落込む気はないらしい。
「か、神様だなんて大仰な呼び方はやめてくれ。そうだ、君たちならヤスさんと呼んでくれていい。き、君たちと私の仲じゃないか。彼女のことなら、私たちでなんとかできるさ。現世のことは現世に任せてほしいんだ」
俺たちそんなに仲がよかったかなぁ、と内心疑問に思いながら、シンはヤスさんに逆に要求を突きつける。仲良しなら聞いてくれるだろう。
「それじゃあヤスさん、俺たちに体を用意してくれよ。遠慮しなくていいんだ。俺はあいつに借りがある。必ず、俺があいつを倒してやる!」
さらに羽流乃も発言した。
「申し訳ありませんがヤスさんがあれに勝てるとも思えませんわ。外からくちばしを挟むのも失礼なこととは存じていますが、ここは私たちに任せていただけませんか?」
羽流乃の申し出に対し、ヤスさんの隣にいる少女が毅然と言い切った。
「業田静香は私が倒すよ。あなたたちの力は必要ない」
アニメに出てくる魔法少女そのものな真っ白いコスチュームを纏ったかわいらしい少女は、険しい表情で部外者の介入を拒絶する。
「メ、メガミ!」
ヤスさんは叱責するように少女の名を呼ぶ。羽流乃は冷静に交渉を継続した。
「あなたがこの世界の守り手ということですか……? あなたでは今の業田静香──強欲の魔王マモンに勝てないでしょう」
「そんなことない! 私はあいつをやっつけてみせるよ!」
ズバリ羽流乃に指摘され、メガミは気色ばむ。シンの目からも、メガミがマモンに勝てるとは思えなかった。まだ力を放出していない状態だとはいえ、メガミの魔力は素の状態の羽流乃、麻衣、冬那より劣っている。ヤスさんよりは強いだろうが、本気を出してもルシフェル、ベルゼバブ、リヴァイアサンに及ぶかどうか微妙だ。
ヤスさんは剥きになるメガミを諫めつつ、シンたちとの話も続ける。
「メガミ、落ち着きなさい。いずれにせよ、強欲の魔王マモンは他の世界に渡ったんだ。私が用意したゲームの世界にね……。その世界なら私はGMだ。ありとあらゆる高レベルモンスターをぶつけて、マモンを倒すのは充分に可能なんだ。私たちが自分で動く必要はもうないんだよ」
「そう言われても、あいつの戦闘力は規格外だぜ? だったら俺たちも、その世界に行かせてくれよ」
シンたちが全力で戦っても、おくれをとるかもしれない相手だ。ゲームの世界だからGMのヤスさんが勝つと言われても納得できない。ヤスさんの口ぶりだと、ゲームの世界といってもほとんど現実に近いもう一つの世界らしい。魔力と精神力でGM特権を覆してくることも充分考えられるのではないか。
「そ、そ、それだけは絶対にできない! どうしてもと言うなら私を殺せ!」
ヤスさんは冷や汗をだらだらと垂らしながら強く拒否する。あからさまに怪しい。何かあるのだろうか。
「そういえば、なんでマモンはそのゲームの世界に行ったんや? こっちが行かせようと思って行かせれる相手とちゃうやろ」
麻衣は思い出したように尋ねた。言われてみれば、それも疑問だ。ヤスさんは全力でシンたちから目を逸らす。
「さ、さぁ、なんでだろうね」
「もしかして、そのゲームの世界に行けば、現実の肉体が手に入るんじゃないですかね。それだけリアルなゲームなんでしょう?」
ニッコリと微笑みながら冬那は地面に転がっていたスマホを手に取る。ヤスさんは真っ青になってあわわと口に手をやった。慌てた通行人が落としていったもの? そんなわけがない。
「……そのスマホを今すぐ捨てて。でないと、今すぐこの場で私があなたたちを倒す」
メガミは装飾が施された魔法のステッキをこちらに向けてくる。冬那の推測は、当たっているらしい。
と、そこで初期設定と思しき間抜けな着信メロディが鳴り響く。音源はヤスさんだ。この場にいる全員がヤスさんに注目した。ヤスさんは慌てて懐からスマホを取り出して電話に出る。
「し、失礼。……もしもし。は!? メガミに!? いや、それは無茶です……! いくら相手が魂だけでも、危険すぎます……! 魔力できっと質量を補填される……! 管理局の決定!? それでも私は断固反対だ! 娘を死にに行かせるような命令はできない! 関係ないだと!? ふざけるな!」
「……もういいよ、お父さん。これ以上やったら、お父さんの立場が悪くなっちゃう。私、やるから。負けないから」
メガミはヤスさんの手を取り、電話を切らせる。中間管理職も大変だ。もっと上の方から、今この場でメガミにシンたちを倒させろという指令が出たのだろう。
「こうなったのも、私が業田さんを地獄に堕としたのが原因だから……。私が自分で決着をつけるよ。全部」
「……そっちがやる気なら仕方ないな。サクッと倒させてもらって、マモンを追いかけさせてもらうぜ」
悲壮な覚悟を決めたメガミと、シンたちは対峙する。魔法少女と魔王の戦いは始まった。




