9 魔王の帰還
「あの女……! 無茶苦茶しやがる!」
静香──強欲の魔王マモンによる核攻撃を『命の剣』から放出したブラックホールで吸引し、辛くも凌いだサタンエルは地面に膝を突いてつぶやく。爆風そのものをブラックホールに吸い込んだため、放射性物質の影響もない。マモン本人は爆風に紛れて現世への扉を開き、転移してしまったようだ。
サタンエルはシンの姿に戻る。三人の嫁が近づいているのを感じていた。
「シン君、無事ですか!?」
「凄いのが来たな……! 今の核やろ?」
「シン先輩より酷いかもしれません。今はもういないみたいですけど……」
羽流乃、麻衣、冬那がシンの元に駆け寄る。羽流乃と麻衣が飛行してフラメル湖を突っ切ったのだ。冬那は飛行能力がないが、麻衣にでも抱えられていたのだろう。
「みんな、俺は……!」
マモンは危険すぎる。現世には以前にやってきた第二代電機電波明神をはじめとした神々がいるらしいが、きっとやつには勝てない。だから、現世まで追いかけてシンが倒す。シンは決断していた。
「ええ、わかっていますわ。現世へ向かいましょう!」
シンが言う前に、羽流乃が告げた。正直反対されると思っていたのに、拍子抜けである。シンはキョトンとして訊き返す。
「え、いいのか?」
「先輩なら絶対そう言うと思ってましたから」
冬那はニッコリと笑う。完全に見透かされていたらしい。
「あれは感じ的に放置してたら世界を滅ぼしかねんからな……。何考えてるかわからんやつが世の中一番怖いんや。ウチらでやらんと、まあ、しゃーないやろ」
一番慎重な麻衣でさえも、現世行きに賛同する。全員の意見が一致した。
「よし、みんな、力を貸してくれ!」
○
光に包まれた雅雄とツボミの体が消えていく。メガミは二人の体を封印して、とりあえず静香から守ったのだ。
その様子を見ていた静香はつぶやく。
「ふうん。そうやって私の体もあなたが封印しているわけね。あなたのことだから、処分はしてないでしょう? 私ならするけど」
「だったら何……? あなたには、地獄に戻ってもらうわ」
箒から降りたメガミは、魔法のステッキを静香に向ける。どうやら地獄で力を得て戻ってきたらしいが、魂だけの体ならメガミの敵ではない。即座に蹴散らして、地獄に返して見せよう。
「私の体をあなたから取り戻すのは難しそうね。別の手段を考える必要があるわ」
静香は、懐からスマホを取り出す。着ていた服などは静香の体と一緒に封印してあるが、スマホは漏れていたらしい。自分の家にでも寄って、確保していたようだ。メガミは静香が何をしようとしているのか、すぐに察する。
「やらせない!」
メガミがステッキを振り、雷が静香を撃たんと迸る。しかし静香がスマホを操作する方が早かった。静香はワールド・オーバーライド・オンラインにログインしたのだ。その場から静香の姿がかき消える。その場に残された静香のスマホが地面を転がった。
「さようなら。あっちの世界の体を手に入れて戻ってくるわ。首を洗って待ってなさい!」
「あちらの体を手に入れられると、まずいですぞ!」
メガミの肩でピヨちゃんが飛び跳ねる。すぐにメガミもスマホを取り出した。
「私もすぐ追いかける!」
「落ち着きなさい、メガミ。あちらで高レベルのモンスターをぶつければ済む話だ。……まだ何かが来る!」
ヤスさんもメガミも、急激に大きくなる魔力反応を注視する。空間を切り裂き、強大な何かがこの世界に姿を現そうとしていた。
○
強引にありあまる魔力で次元の壁を突き破り、静香の痕跡を辿って現世に出たサタンエル・サルターンはシンたちの姿に戻る。魔力節約のためだ。全員集合形態で全力を出さないとこちらには来られない。
「う~ん、やっぱこっちに来るのは骨だな」
シンはそう漏らした。見ればシンたちの体は半透明に透けていて、幽霊状態だ。魂だけの存在で肉体がないのでこうなってしまう。
「ま、指輪の魔力は残ってるから大丈夫や。今から戦えいうてもできるで」
お気楽に麻衣は言う。そのままサタンエル・サルターンのまま戦えば五分と保たず魔力が尽きただろうが、こっちに来てすぐに変身解除した。他の魔王になって戦える程度には魔力が残っている。
「でも先輩、この状態で魔王になって魔力が尽きたら、私たち消滅するんじゃないですか?」
「確かにそうだなぁ……」
冬那の懸念はもっともだ。現世は、魂の発する魔力がすなわち肉体となる地獄とは違う。魔力を使って維持するという意識がなければ自分の姿形を維持できないほど、魔力の作用する力が弱い。
「ウチがハエちゃんで魔力を集めたろか?」
麻衣は提案する。麻衣のハエなら、食糧を魔力に転換することが可能だ。妥当な線だが、現世で泥棒のような真似をするのはためらわれる。
「う~ん、まだピンチでも何でもないのに、そんなことするのはなぁ……」
現世に来たら魔王の力ですぐにパパッと全員分の肉体を作ってしまおうと思っていたが、どうにも難しい。今の魔力では作れても一人分である。さて困った。
「ならすぐに地獄に帰ればいいのではないかね。よかったら送って差し上げよう」
声が掛けられて初めて、シンは神様こと第二代電機電波明神の方を見る。神様はぎこちない愛想笑いを浮かべてシンたちの方を見ていた。




