7 魔王の覚醒
「なるほど、そうやって制御するのね。垂れ流しだと不便だと思っていたところだわ」
空中に浮かぶマスケット銃に狙われていても、静香は平然としている。静香の魔力はそれまで荒れ狂っていたのが嘘のように収束して、左手に出現した指輪に収まった。指輪にはめ込まれた紫色のアメジストが怪しく輝く。
「それにしても、憤怒の魔王サタンエルねぇ……。それって自分で考えたのかしら。小学生のごっこ遊び? ちょっと幼稚くない?」
「俺の内なる衝動が名前になって出てきたんだよ」
サタンエルは堂々と言った。挑発のつもりだろうか。確かに勝手に名乗っているだけだけだが、そんなことで精神を乱されるサタンエルではない。問題はただ一つ。魔力の量でサタンエルが完全に負けているということだけだ。
「だったら私は強欲の魔王マモンとでも名乗らせてもらおうかしら。私は、私がやりたいことを全部やるの……! メガミとツボミを惨たらしく殺して、雅雄を手に入れて……! 邪魔をするのなら、あなたも……!」
静香の口角がホラー映画のごとくつり上がっていく。もはや交渉の余地はなさそうだ。そう判断したサタンエルは、滞空させていたマスケット銃で一斉射撃を浴びせる。
耳をつんざく発砲音が響き、吐き出された黒煙が周囲に立ち込めた。手応えはない。静香、いや、強欲の魔王マモンは生きている。
「その古くさい銃は何? それもごっこ遊び? 銃っていうのはこういうののことを言うのよ」
「『金の盾』!」
サタンエルは前面に金属製の防壁を作り出し、銃弾の嵐から身を守る。見ればマモンは紫のドレスに身を覆い、無骨な機関銃を手にしていた。弾帯をたすきのように肩に掛けたマモンは、躊躇なく引き金を引いて銃弾を撃ち続ける。
「ふうん。魔法の壁ね……。じゃあこれでどう?」
マモンはひょいと手榴弾を投擲してくる。手榴弾は『金の盾』を飛び越えてサタンエルの足下に転がった。サタンエルは後方へと退避し、爆風を避ける。その隙にマモンは新たな装備を呼び出した。
「剣とか鎧とか、何の意味もないってわからせてあげるわ!」
「マジかよ……! うおっ!」
マモンが構えていたバズーカ砲から、砲弾が発射される。避けられない。サタンエルは鎧と盾に魔力を注ぎ込んで凌ぐが、その間に悠々とマモンは祭壇から出てきた。
「舐めるんじゃねぇよ!」
サタンエルは青竜刀〈オオカミの剣〉を振りかぶってマモンに飛びかかる。接近戦に持ち込めばこっちのものだ。
「近づけば剣の方が強いと思ったの? そんなわけないじゃない」
いつの間にやらマモンの手には二丁の拳銃が出現していて、不用意に接近したサタンエルに銃弾が浴びせられた。マモンは両手の拳銃でサタンエルの鎧の隙間に銃弾をねじ込んでくる。サタンエルは気合いで耐えて、マモンに斬りかかるべく踏み込む。
それが間違いだった。サタンエルの足下で仕込まれていた地雷が炸裂する。サタンエルはたまらず後ろに飛び退いた。死にはしないし魔力ですぐに傷も回復するが、消耗はなかなかに激しい。
「……やるじゃねぇか」
はっきり言って、相性がよろしくなかった。両者とも物理攻撃主体だが、近代兵器を駆使するマモンの方が射程も手数もサタンエルより勝る。サタンエルが他の魔王のように魔法による攻撃を使えれば話は変わってくるが、サタンエルには小回りの効く便利な魔法がない。魔法を使うときは、勝負を決めに行くときだ。
「あなたの方はこんなものなの? なら楽勝ね」
上空に、マモンの力で機関銃やミサイルで武装したヘリコプターが出現する。AH-64Eアパッチ。世界最強といわれる攻撃ヘリコプターだ。
「『命の剣』!」
もう出し惜しみはしていられない。マモンに操られたアパッチは銃弾やミサイルを滅茶苦茶に撃ちまくりながら、サタンエルを追いかける。サタンエルは地面を耕す勢いで発射される銃弾、ミサイルを避けつつ『命の剣』の力を付与した〈オオカミの剣〉を振るう。剣から小型の重力球が発射され、アパッチを撃ち落とす。
しかしマモンの攻めは止まらない。今度は数両の戦車が現れ、大地を震わせサタンエルの元に突撃してくる。惑わされるな。動き続けていれば当たりはしない。基本戦略は変更なし。戦車の主砲から爆音とともに発射される砲弾を回避しつつ、サタンエルはマモン本体を狙う。
「さぁ、これで終わりだ!」
「それはどうかしら?」
サタンエルは充分に距離を詰め、飛び込みざまに斬りつけた。マモンはバックステップでひらりとかわす。
マモンは余裕を見せているが、内心では焦っているはずだ。先ほどは地雷にやられたが、同じ手は通じない。拳銃程度でサタンエルを止めることもできない。サタンエルは盾でうまく身を隠し、拳銃の接射を避ける。そしてマモンにはサタンエルの剣を受ける術がない。いくら魔力でマモンがサタンエルを圧倒していても、この一撃を受ければ終わりだろう。
「あんたがそうやって無駄な努力をしている間に、仕込みは終わってるのよね……!」
マモンは不敵な笑みを見せる。はったりだ。無視してサタンエルは攻めるが、目の前にいかにも爆弾という形状の三メートルほどはある物体が出現する。
サタンエルはその物体に見覚えがあった。俺はどこでこれを見たことがある? ……学校だ。多分、歴史の教科書に載っていた。まさか、これは……!
「原子爆弾よ。一瞬で逝きなさい」
閃光が、サタンエルの視界を覆う。全てを吹き飛ばすプロメテウスの炎は炸裂した。




