3 鎧袖一触
「「君たちじゃボクらには絶対に勝てないよ。今なら見逃してあげるから、さっさと逃げるといい。まだ戦うというなら……!」」
降伏勧告とともに剣を向ける薔薇の剣士に対し、PKのリーダーは吠えた。
「ちょっとチート装備手に入れたからって、いい気になりやがって……! 舐めんなよ! このまま続けてりゃあ、勝つのはこっちだ!」
「「試してみるかい……?」」
薔薇の剣士は応じる姿勢を見せるが、PKリーダーの言葉を負け犬の遠吠えと切って捨てることはできない。薔薇の剣士が薔薇の剣士でいられる時間は、非常に短いのである。全員を殺しきる前に雅雄とツボミの精神力が尽きてしまう可能性は充分にあった。
だからこそ薔薇の剣士はスキルを活かして戦い続けることを避け、力を見せつけてから降伏勧告するというやり方を選んだ。いつの時代でも数は正義である。三、四人死ぬ覚悟で突っ込んでこられたら負けるのは薔薇の剣士だった。
しかし理屈と感情は別である。PKのリーダーはチラリと仲間たちの様子を伺う。PK集団の大半は薔薇の剣士を見て怖じ気づいていた。PKリーダーは、その様子を見て決断する。
「……今日はこのくらいにしてやる! 次は倍の人数を連れてくるから、首を洗って待ってろよ! 絶対業田さんの敵を討ってやる!」
PKたちはじわじわと薔薇の剣士から遠ざかり、やがて薔薇の剣士の視界から消えていった。
PKの気配がなくなったところで雅雄とツボミは分離し、一息つく。
「全く、あの人たちのせいでぶち壊しだよ。業田さんの敵ってなにさ。単に転校しただけじゃないか。ボクらは何もしていないのにね。彼女のことだから、絶対にそのうちまた復帰してくるよ」
ツボミは子どもっぽく口を尖らせ、ぶつくさと言う。
「そうだね……」
静香が戻ってくるわけがないと思いながら、雅雄は適当に相づちを打った。ツボミの言うとおり、雅雄たちは何もしていない。おそらく、メガミが何かやった。魔法少女の力を使って。
雅雄はかつて目撃したメガミの戦いを思い出す。箒に乗って夜空を舞い、炎や雷を操って戦うメガミはまさに主人公だった。静香は手段を選ばないので何をしでかすかわからない怖さはあるが、それでも普通の人間だ。とてもメガミの相手にはならない。静香が再び雅雄たちの前に姿を現すことはないだろう。
「……? どうしたの? ボーッとしちゃって」
ツボミはうつむいてしまった雅雄の顔を覗き込んで不思議そうに首を傾げる。背が低い雅雄の目線に合わせるため、ちょこんと膝を折っているのが少しかわいい。雅雄は慌てて顔を上げる。
「な、なんでもないよ。ただ、ちょっと思ったんだ。静香ちゃんは、メガミが倒しちゃったのかな、って」
「確かにそうかもしれないね。神林メガミくらいじゃないと、業田さんには勝てないと思う。……よし! 帰ったら絶対にデートしよう!」
ツボミは突然妙なことを言い出す。今度は雅雄が首を傾げる番だ。
「えっ、ええっ……。いきなりどうしたの……?」
「いきなりじゃないでしょ。さっきまでその話をしてたじゃないか」
言われてみれば、PKに囲まれる前はそんな話をしていた。ツボミはちょっと不満げな表情を見せるが、すぐに太陽のような笑顔に戻る。
「君が他の女の子のことばかり考えてるみたいだからね! 君の心を、ボクで一杯にしたいんだ!」
ツボミはいたずらっぽく笑いながら、雅雄の手を握った。ツボミの手は暖かくて、柔らかい。雅雄は照れ笑いを浮かべながらうなずいた。
「う、うん……」
「よし、いこうか! セーブポイントまでもうちょっとだよ!」
ツボミは雅雄の手を握ったまま歩き始める。やっぱりツボミの前向きさには敵わない。きっとツボミとなら、どこまでもいける。自分もがんばろうと思いつつ、やはり頭からはメガミのことも消えなかった。
(それでも、最後にゲームをクリアするのはメガミなんだろうなあ……)
口の中でつぶやいた一言は、ツボミには届かない。いつか、ゲームをクリアするのは自分たちだと胸を張って言える日が来るのだろうか。
○
「やれやれ、そうでもないんだがな……」
設置されたモニターが壁を埋め尽くしている一室。ワールド・オーバーライド・オンラインの世界内に作ってあるGMルームである。雅雄とツボミの様子をモニター越しに見ていたヤスさんは、嘆息した。
「ヤスさん、どうしたんですか?」
一緒に監視業務に就いているサブGMの又吉信龍──ノブは尋ねる。ノブは新参の神で、二十代半ばのなかなかハンサムな男だ。前回のゲームで優勝し、神になった。仕事はできるのでイケメンでさえなければ完璧なのだが。
「彼が言うんだよ。ゲームをクリアするのはメガミだと……」
雅雄の言葉を聞き取ったヤスさんは言った。ノブは首をひねる。
「実際に、ヤスさんの娘が今のところ第一候補でしょう。これまで魔法少女として現世を守っていた実績もありますし……。娘さんに神になってほしくないんですか? 俺が彼女をリスト入りさせたときも反対してましたけど……」
確かに魔法少女として現世を脅かす魔女を倒してきたメガミだ。しかし神となると別問題である。
「純粋にうちの娘には荷が重いと思うのだよ。そりゃあ、よくがんばる子だ。私も認めてやりたい。だがなぁ……」
ヤスさんは渋い顔をして腕組みする。ノブは意味がわからないと言わんばかりに首をすくめるばかりだ。
「そうは言っても娘さんに神になってほしいんじゃないですか?」
ヤスさんは大きくかぶりを振った。本心から、メガミには神になってほしくない。他の参加者にもっとがんばってほしい。
「いや、全くそんなことは思っていないよ。もし今のまま神になったら、うちの娘は修羅の道を行くことになる。君も知っているだろう? メガミの力の源泉は……」
そこまで喋ったところで、警戒ブザーが耳障りな音を立て、天井に据え付けられている赤色灯が回り始める。すぐさまヤスさんはモニターを見て、異常が起こったのを理解した。
「ここじゃない! 現世の方だ!」




