2 仇討ち
「なんのつもりかって? わかってるだろ? 俺たちは敵討ちに来たんだよ。業田さんのな!」
「静香ちゃんの……?」
雅雄は思わず訊き返す。彼らの正体はわかった。静香が指揮していたPK集団の生き残りだ。レベルは30前後といったところで、プレイヤーとしては平均程度だろう。ただし、Lv.1とLv.4の雅雄とツボミからすれば、絶望的な戦力差の強敵である。
しかし敵討ちというのは筋違いだ。雅雄とツボミは結局静香を取り逃がしていて、ゲームオーバーには追い込めていない。
だが、静香がまだゲームに残っているかというと、それはおそらく違う。今日の朝、唐突に静香の転校が先生から伝えられた。まるで最初から静香などいなかったかのように机や荷物も学校から消えている。かつて魔女となった同級生、信子がいなくなってしまったときとそっくりな状況だ。確証はないが、きっとメガミの仕業だろう。
「ボクらは業田さんを殺してなんかないんだけどね……! あくまで戦うというなら、相手になるよ!」
ツボミは勇ましく宣言した。この数を相手にしても全く引く気がない。良くも悪くもツボミはツボミだった。無謀でも、ない胸を張って正面から挑もうとする。雅雄にはそこまでのメンタルはない。そんなこと言っちゃっていいの? と言わんばかりに血の気を引かせながら無言でツボミを見上げる。
「大丈夫だよ。ボクたちはこの世界では何にでもなれる……! そうだよね?」
ツボミは昨日静香と戦ったときと同じように微笑む。雅雄の身震いは止まった。
「うん……。僕たちの願いは、叶うんだ」
昨日できたことが、今日できないことはない。雅雄とツボミの思いは、そんなに軽いものじゃない。このゲームは『ワールド・オーバーライド・オンライン』だ。思いの力でどうしようもない現実を上書きできる。
「叶わねえよ。ここで俺たちの経験値と金になって終わるんだからな! 今日は神林がいねえ! やっちまうぞ!」
PKたちはじりじりと包囲を狭めて近づいてくる。PKたちは静香がまさか雅雄とツボミに敗れたのだとは思っていない。メガミが助けたのだと思っている。その認識を、改めてもらおう。
雅雄とツボミは一度抜いた剣を鞘に収め、改めてアイテム袋からそれぞれ青薔薇の剣〈ブルー・ヘヴン〉、黒薔薇の剣〈ブラック・プリンス〉を取り出した。雅雄が奇跡的に入手し、ツボミが兄から受け継いだ剣。上級職でないと装備できない、すなわち普段の雅雄とツボミには装備できない最強クラスの剣である。
二人は手をつなぎ、美しい装飾が施された二本の剣を交差させた。雅雄は奇跡を求め、ツボミは永遠を望んだ。二人は一つになる。
「今、青薔薇の奇跡はこの手の中に!」「そして、黒薔薇の永遠は二人を包む!」
「「奇跡の願いは永遠となり、運命を切り開く! 目覚めよ、薔薇の剣士!」」
雅雄とツボミを中心にオーバーライドを示す青と黒のエフェクトが竜巻状に発生する。無視して魔法や矢を放ってきた者もいたが、エフェクトに弾かれてしまう。
エフェクトはやがて一点に収束して消滅し、中から一人の剣士が現れた。『薔薇の剣士 Lv.40 デューク』。雅雄とツボミがオーバーライドによって一人になった姿だ。雅雄にもツボミにも見える長髪の剣士は、青薔薇と黒薔薇の紋章が刻まれたマントを翻し、二本の剣を構える。
「たかがLv.40だ! 大したことねえよ! やっちまえ! 金も経験値も、早い者勝ちだぞ!」
リーダー格の声を合図に、PKたちは薔薇の剣士を倒そうと殺到する。まあ、レベル的に脅威ではないという見立ては正しい。上級プレイヤーならオーバーライドなど使わなくてもナチュラルにLv.40くらいは超えている。スキルも初級のものしか使えない。
だが、レベルもスキルも関係ない。上級職であるという事実が重要なのだ。薔薇の剣士は軽くサイドステップでPKの攻撃を回避し、上級職しか装備できない二本の剣を振るう。まず薔薇の剣士は『Lv.28 盗賊』に攻撃を当てた。
「グェ~ッ!」
伝説の剣による連撃の破壊力は凄まじい。〈ブルー・ヘヴン〉の一閃は盗賊の腕を斬り飛ばし、続いて振り下ろされた〈ブラック・プリンス〉は胴を切断してしまう。無論、即死だ。まともな防具を装備していないのが災いした。
PKたちは仲間がやられたのをむしろ好機と捉える。剣を振り終わった薔薇の剣士に、後衛職が背後から矢や魔法を放った。前衛職は剣や槍を振りかぶって横合いから突進してくる。即座に薔薇の剣士は〈ブラック・プリンス〉のスキルを発動した。
一気に周囲の動きがスローモーションになる。〈ブラック・プリンス〉は一定以上敵プレイヤーにダメージを与えれば、主観時間で三秒間だけ自分の時間を通常の百倍に加速させることができるのだ。薔薇の剣士はPKたちの包囲からするりと脱出し、手近な相手に斬りかかる。
PKたちには薔薇の剣士が超高速で全ての攻撃をすり抜けたように見えただろう。彼らは為す術なくあちこちで同士討ちを起こしてしまう。理不尽な災害に襲われた現場のように悲鳴と怒号が飛び交った。
「えっ……? バカ、何やってんだ!」
「そ、そっちこそ! うわっ!」
「こ、こっちに来た! うわあっ!」
PKたちが罵り合っている間に薔薇の剣士はさらに一人を斬り殺し、時間加速を再び使用する。今度は誰も殺すことなくPK集団と距離をとり、不遜にも宣告した。
「「君たちじゃボクらには絶対に勝てないよ。今なら見逃してあげるから、さっさと逃げるといい。まだ戦うというなら……!」」
言葉で語る必要はあるまい。薔薇の剣士は口を動かすのをやめ、右手の〈ブラック・プリンス〉の切っ先をPKたちに向ける。PKたちは先ほどまで騒がしかったのが嘘のように静まりかえった。




