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22 大魔王の猛撃

「ここは……」


 葵は柔らかい朝陽を受け、目を覚ます。窓の外から、戯れる鳥たちのさえずりが聞こえた。


 葵は半身を起こし、掛けられていた布団の下から左手を出す。たったそれだけのことなのに体の節々は痛み、手は痙攣したように震える。なんだか息苦しくて仕方がない。長い入院生活で、葵の体はすっかり弱っているようだ。ここでようやく自分の口に人工呼吸器が装着されていることに葵は気付いた。十数秒間を要して、葵の手は布団から出る。葵の左手薬指には、黄色いトパーズが埋め込まれた地の指輪がはめられていた。


「そっか……。僕は帰ってきたんだ……!」


 痩せ衰えた自分の体を見ながら、葵は涙を流す。髪はぼさぼさで何やら匂う。無理矢理息を吸わされていて苦しい。紛れもなく、葵の現実である。女王としての威厳も、魔王としての力もなく、友達も、恋人もいない世界に葵は帰ってきた。


 辛いはずなのに、なぜだかとても嬉しかった。この現実こそが、葵が生きる世界だ。みんなと別れて、全てを捨ててでも、帰る価値があった世界だ。ひとしきり葵は一人で涙をこぼし続けた。



 葵を殺害しようとしていたミカエルを再び地獄──シンたちの世界に引きずり込み、サタンエル・サルターンはアストレア近郊の原っぱに出た。麻衣の提案で雑穀を貯蔵している倉庫の近くだ。


 放り出されたミカエルにサタンエル・サルターンは一切の容赦なく最大火力の攻撃を連続で仕掛ける。


「『蒼の渦』!」


「ウグッ!」


 大量の水が渦を巻きながらミカエルを飲み込む。とっさにミカエルは翼を前面に広げて防御する。


「『天の雷』!」


「うおおおっ!」


 続けて魔王の落雷がミカエルを襲う。防護魔法と回復魔法を重ね掛けしてミカエルは凌いだ。


「『神の業火』!」


「アアアアアアッ!」


 燃え盛る火球がミカエルを包み込む。その翼を焼き尽くされるが、ミカエルはまだ死なない。とどめだとばかりに、サタンエル・サルターンは最後の魔法を放つ。


「これで終わりだ! 『魔王の一撃』!」


 全属性の魔法を無理矢理混合させて作り出した真っ黒の渦は、ミカエルを直撃した。しかしミカエルは倒れない。


「……〈炎の剣〉!」


 ミカエルが出した〈炎の剣〉により、『魔王の一撃』は消されてしまう。サタンエル・サルターンは全ての魔力を使い切り、シンたちの姿に戻ってしまった。シンの右手からは、空の指輪も消えてしまう。


「さすがに危ないところでしたが、間に合いました。この剣は元々、私のものだったのですよ。どうやら現世へ出現するだけでかなり魔力を消費していたようですね。そのような状態で神に仕える大天使たる私に危害を加えようとは片腹痛い……!」


 能面のような表情で膝をつくシンたちを見下ろし、ミカエルは魔法を打ち消す〈炎の剣〉を掲げる。表情は変えていなくても、ミカエルがウキウキしているのがわかった。多分、ミカエルはよほど魔力をチャージしていないとその剣を使えないのだ。だからウリエルに剣を譲っていた。しかし一年間の独房生活でミカエルの魔力は充分に溜まっている。


「先生……! 絶対に許せねえよ! どうして葵を殺そうとしたんだ!」


「全ては神の思し召しなのです……!」


 ミカエルは十字を切るが、羽流乃は否定する。


「嘘をおっしゃい! ただ、あなたは怖くなっただけでしょう! 葵さんのことが!」


「違います……。私は神のご意志に従ったまで……!」


 厳かにミカエルは宣うが、誰も信じない。


「先生、そうやって自分に言い訳しても意味なんかないんですよ。どうして気付かないんですか?」


 冬那の冷たい一言を受け、半ば開き直ったかのようにミカエルは告げる。


「好きなように言いなさい。魔力を使い切ったあなた方は私に手も足も出ず敗れ、討滅される。これが神に定められた運命なのです……!」


「クソッ……!」


 シンは拳骨で地面を叩く。ミカエルの言うとおりである。全ての指輪の魔力を使い切ってしまった今、シンたちには限りなく勝ち目は薄い。


 しかし、麻衣だけは立ち上がってしっかりとミカエルの目を見る。


「せやろか? ウチらはこういうときに備えて手を打ってあるんやで。行け、ハエちゃんたち!」


 麻衣の作り出したハエが、非常時に備えて雑穀を貯蔵している倉庫に向かっていく。非常時というのは不作、凶作だけを指すのではない。こういうときにも麻衣なら食糧から魔力を回復させることが可能だ。


 倉庫の雑穀を喰らい、空を埋め尽くさんばかりに増えていくハエを見て、ミカエルは顔面蒼白になる。


「なんとおぞましい……! 神に仕える大天使として、滅ぼさなければ!」


「させるかよ!」


 シンは剣を呼び出して斬りかかり、時間稼ぎをする。いくら〈炎の剣〉を持っていてもミカエルはミカエルだ。ただの逃げ腰なおっさんである。ウリエルのような威圧感はない。シンは勢いでミカエルを圧倒する。


 倉庫に忍び込んだハエはブタに変化して雑穀を喰らい尽くし、再びハエに戻って麻衣のところに戻ってくる。麻衣はハエを魔力の塊にして、四人が持っている指輪にそれぞれチャージした。


 準備完了である。こうして、天使と魔王による最後の戦いは始まった。

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