21 帰還
「……それじゃあシン、みんな、また六十年後に」
「おう。六十年といわず、七十年後でも八十年後でもいいぞ」
転生の祭壇の地下室で、シンたちと葵は別れの挨拶を交わす。お互い、泣きはらして目は真っ赤だった。
「ふふっ、それもいいね」
「元気でな、葵!」
シンに続いて羽流乃、麻衣、冬那も声を掛ける。
「早々に戻ってきたりしたら許しませんわよ!」
「達者でな! 葵の部屋、残しておくから百年後にちゃんと戻ってくるんやで!」
「お元気で! 私たち、ず~っと待ってますから!」
「……ありがとう。みんなも、元気でね」
全員と握手しながら、葵はまた泣いていた。葵はシンのところに来て、地の指輪を差し出す。
「これは、君に返した方がいいのかな……?」
地の指輪は葵の力の象徴であり、結婚指輪でもあった。シンは受け取らない。
「いや、それは葵が持っていてくれ」
シンは葵と離婚したつもりはないし、葵がこの世界で得たものはずっと残っているはずだ。手放す必要は一切ない。
「どうしてだろう……? 僕ってこんなに泣き虫だったのかな?」
シンに指輪を今一度はめ直され、葵は涙をこぼす。そしてシンは、荒ぶる感情に任せて空の指輪を呼び出して羽流乃、麻衣、冬那とともに力を発動する。
「「「「全ての魔王の力を一つに! 顕現せよ、最強にして最後の魔王サタンエル・サルターン!」」」」
シン、羽流乃、麻衣、冬那は一つになり、葵とうり二つの大魔王サタンエル・サルターンは顕現する。その魔力を放出することで、時空の割れ目は開いた。
「……後は先生、お願いします」
「必ず歌澄さんを元の体に戻して差し上げましょう」
神父の格好をしたミカエル──中村先生は大仰にうなずいた。サタンエル・サルターンはミカエルに釘を刺すのも忘れない。
「言っておくけど先生、帰ってから葵に何かしたらただじゃおかないぜ……?」
「重々承知しております。それでは、皆様もお元気で」
ミカエルは葵を連れて時空の裂け目に姿を消す。こうして、葵とミカエルは現世へと帰っていった。
○
現世。高知沖に沈めてあった自分の体へと無事戻ったミカエルは静かに飛翔し、高知市に上陸する。目立たないようにビジネススーツ姿に自分の服を変化させ、ミカエルは雑踏に混じった。そして普通に運賃を払って電車に乗り、かつて住んでいた町へと向かうことにする。
全ては日本の神々に見つからないようにするための措置だ。飛行して帰れば高い新幹線の切符を買う必要もないが、大量の魔力を放出してしまう。面倒くさい事態になるのは間違いなかった。
(早く……確認しなければなりません。歌澄さんがきちんと自分の体に戻れているかどうか……!)
もしも帰還に失敗していて葵が地獄に逆戻りしていれば、怒り狂ったシンは現世までミカエルを追いかけてくるだろう。当然日本の神々とも衝突する。どう転んでもミカエルが処刑されるのは間違いない。それだけは、絶対に避けなければなるまい。
ミカエルは神に祈りながら駅弁を堪能し、東京駅から在来線に乗り換え、夕方前にはシンたちの町に到着する。
葵が入院している病院はすぐにわかった。プンプンと地の指輪が発する魔力が匂ってくる。ミカエルは額に汗を浮かべながらタクシーに乗って、病院を訪れる。
病室に忍び込んだミカエルは、人工呼吸器につながれてベッドに寝かされている葵を確認した。まだ意識は取り戻していないようだが、魂は戻っている。よかった。これで一安心だ。
しかし葵の体は小康状態とはいえ、長い入院生活でかなり弱っていた。自分で呼吸ができないくらいに。すぐに命を失ってもおかしくないくらいに。
(これは……チャンスかもしれません)
自然死に見せかけて、葵を葬る。はっきり言って、地の指輪を持つ葵は火種だ。地の指輪→葵→ミカエルというルートで日本の神々の捜査の手が及ぶ可能性がある。葵にはこの世界にいてほしくない。葵さえ地獄に送り返せば、日本の神々がミカエルを捕捉する可能性はグッと減るだろう。
葵自身だって、この世界でミカエルを殺そうと狙ってくるかもしれない。器はなくても地の指輪は持っている。彼女の才能なら、指輪からシンの助けなしで魔力を引き出す方法を作り出してしまう可能性はある。
背中を嫌な汗が流れる。考えてみれば、現世における危険のほとんどは葵に関わっているのだ。いや、しかしシンにこのことがばれれば……。
チラリとミカエルは人工呼吸器を見る。魔力など一切使う必要がない。スイッチを切ってやればいいだけだ。そうすれば、誰にも気付かれず、確実に葵を葬れる。
神の使徒たる自分が死ぬわけにはいかない。ミカエルは決断した。後の禍根は断っておくべきである。わずかな危険でも放置はできない。
「……悪く思わないでください。全ては神の思し召しなのです……!」
ミカエルは人工呼吸器のスイッチに手を掛けようとする。しかしミカエルの手が葵に届くことはなかった。空間が割れ、伸びてきた手がミカエルの手を掴んだのだ。
「……残念だよ先生。そんなことだろうとは思ってたけどさ」
「な……!? 違います! 違うのです! 誤解です! 許してください!」
ミカエルはわめき立てるが、サタンエル・サルターンが許してくれるはずがない。凄まじい腕力で、サタンエル・サルターンはミカエルを地獄へと引きずり込んだ。




