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20 さらば、俺の嫁

 アストレア近くの草原でシンが葵を見つけたとき、一匹のドラゴンが空から葵を襲おうとしていた。即座にシンは迎撃する。


「火の力に水の力! 蘇れ、不死身の肉体!」


 指輪の力で呼び出されたシンのドラゴンは、果敢に敵の真っ黒いドラゴンに向かっていく。おそらく敵はバルサーモ島から来たドラゴンだ。あらかた狩り尽くしたと思っていたが、まだ残っていたのか。


 シンのドラゴンも、さすがに苦戦する。シンはユニコーンを呼び出してまたがり、剣を抜いて敵ドラゴンに突撃する。シンのドラゴンは敵ドラゴンと組み合ってうまく地上に引きつけた。


 シンは突撃の勢いそのままに敵ドラゴンに剣を叩きつける。鱗が堅い。魔王になっていないシンの一撃ではダメージを与えられない。


「だったら!」


 シンはオオカミを呼び出した上で、葵を守るために念じる。シンの濁流のような激情に反応して、空の指輪がシンの右手に出現した。




「世界を制する空の力! 背負いし罪は世界を貫く憤怒! 誕生せよ、神に代わるシンなる魔王、サタンエル!」




 シンの体が縮んで裸の小五葵となり、使い魔たちが青竜刀、盾、鎧となって装着される。敵ドラゴンは低い声でうなるが、あまりの魔力に近づくことさえできない。憤怒を司る空の魔王サタンエルは顕現した。


 即座にサタンエルは〈オオカミの剣〉に魔力を込めた。


「『命の剣』!」


 〈オオカミの剣〉は金色に輝き、小さな重力球を作り出す。サタンエルは剣を振って、重力球を敵のドラゴンにぶつけた。これだけで終わりだ。魔王の魔法は全てが一撃必殺である。一瞬で敵は粉砕された。




「葵、大丈夫か!?」


 シンは魔王の姿になっていたのを解除して葵の元に駆け寄る。シンは葵を立たせるが、葵は泣き笑いのような表情を浮かべるばかりだ。


「……そっか。君はもう地の魔法の力をいくらでも使えるんだったね。僕に帰れっていうわけだ」


 シンがアスモデウスの魔法を操って見せたせいで、葵はアイデンティティを喪失したような気分になってしまったようだ。遅れて羽流乃、麻衣、冬那も駆けつけてくる。シンとドラゴンの戦闘を感知したらしい。葵は泣き言を言い続ける。


「よくわかったよ。この世界に、もう僕の居場所はないんだ……。もう僕は必要とされていない……。みんな、僕のことが邪魔なんだ……。僕のことを嫌いなんだ……」


「馬鹿野郎! そんなわけないだろ!」


 シンは大声で葵の言葉を遮った。そしてシンは、葵を抱きしめる。


「俺が今この場にいるのは、葵のおかげなんだ! 葵がいなくなると思うと、不安で不安で仕方がない!」


 シンが誕生したのはそもそも葵が作ってくれたからだし、この世界で種なしだったシンを拾ったのも葵である。そして、何度もシンたちに訪れたピンチを乗り切れたのも、葵の力があってこそだ。葵がいなければシンは瑞季に殺されて終わっていた。破壊天使ウリエルにも、100%勝てなかった。


 今、葵を帰そうとしているのだって、決して用済みになったからではない。帝都がレオールに決まり、帝国の後継者をサラマンデル女王が産んだのに加えて、葵がいなくなってグノームだけ女王不在となれば、グノームの貴族はかなり動揺するだろう。むしろ、葵にはいてもらった方がいい。


「言っただろ! 愛してるって! それは今も変わらねえよ! おまえも、俺の大事な嫁なんだ! ずっと離したくないって思ってるんだ!」


 それでも葵は生きているから、シンたちと違って死んではいないから、帰ってほしい。本当にそれだけなのである。


「シンちゃんの言うとおりやで。ウチらやって、寂しいって思ってるんや」


「葵さんがいてくれたからこそ、あの部室はいつだって賑やかで楽しかったのですよ」


「私たちの分まで生きてください、葵先輩」


 麻衣、羽流乃、冬那もそれぞれ声を掛ける。葵も、落ち着きを取り戻してきた。


「みんな……! ありがとう……」


「わかってくれたか……?」


 そう尋ねるシンの目をまっすぐ見て、葵は問い掛ける。


「帰ったらきっと僕は、君じゃない他の男に恋をする。それでもいいの?」


「……ああ。葵が生きていてくれるなら」


「僕は君じゃない誰かと結婚して、君じゃない誰かの子どもを産むんだ。それでもいいの?」


「……ああ。葵が幸せでいてくれるなら」


 気付けば、シンも葵も泣いていた。葵は、シンの背中に手を回し、しっかりと抱きしめる。シンの服を濡らした葵の涙が熱い。


「わかった……。僕は帰るよ。でもきっと、僕は悪いことばかりしてきたから、死んだら地獄に墜ちると思う……。六十年後にまた会おう」


「約束するよ」


 泣きながら、シンと葵は笑った。

次回の更新は5/3(木)の予定です

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