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19 居場所

結局、あの中に自分の居場所はなかったのだ。王宮を飛び出した葵は涙をこぼしながら、アストレアの町を駆けた。


「みんな嫌いだ……! シンも、羽流乃も、麻衣も、冬那も……!」


 思ってもいないことを口に出しても虚しいだけだった。本当は、みんな大好きなのだ。この世界に来て、葵は変わることができた。女王になってみんなと友達になって、シンと結婚した。嫌いになれるはずがない。


 葵は往く当てもなくアストレアの町をぶらぶらとする。これからどうしようか。シンが最初にそうしたように、東方の辺境でも目指してみようか。素性を隠して魔力を使えば、いくらでも稼げる。


 しかし、見渡す限り町は平和だった。新転生者が町に溢れていたのも今は昔だ。シンのおかげで、人口問題はほぼ解決している。葵は何もしていない。


 歩いている葵の目に、広場の様子がちらりと映り込んだ。また新転生者が来たらしい。本来なら、新転生者の相手は葵がやってもいい仕事だ。葵は建物の影に身を隠して、様子をうかがってみる。


「あなたたちは転生して、新しい人生を歩むことになったの! 何をしても自由よ! 餞別のお金を渡すから、並んで受け取りなさい!」


 やってきた新転生者の相手は、間宮がしていた。順番に最初の餞別を渡しつつ、仕事の案内もする。


「広場にはスカウトが来てるから、やりたい仕事を見つけてついていきなさい! 国の方でも王国軍の兵員と、西方領土開拓団は常時募集しているわ! 仕事が見つからなければ、いつでも大歓迎よ!」


 とはいえ、新転生者が増えすぎてよほどの力の持ち主以外はなかなか仕事を見つけられないのが現状だった。新転生者は不安げにうろつき、結局西方領土開拓団に応募してくる。間宮は行き先が見つからず仕方なく応募してきた彼らに活を入れる。


「ほら、そんな情けない顔するんじゃないの! 西はフロンティアよ! あなたたちの力で切り拓くの! 富も名誉も思いのままだわ!」


 だんだん彼らはその気になってきて、笑顔で西方行きの馬車に乗り込んでいった。葵などいなくても間宮がいれば現場は回るらしい。


「なんだよ……。僕がいらないみたいじゃないか……」


 ぼやきながら葵は町はずれに向かった。




 町はずれに着いた葵はあ然とする。あの雑然とした町並みが消え、綺麗に区画整理されている。


「いつの間に……。ここら辺に開発計画なんてあったっけ?」


 葵は記憶を辿ってみる。思い返してみれば、以前にロビンソンが提案してきて葵は見もせずに決済した気がする。その後、他の大臣に引き継がれていたが住民の抵抗が激しいからとシンが何度か説得に赴いたはずだ。シンはどうやったのか住民を説得し、開発計画を完遂したのだった。


「つまらない……つまらないなあ……」


 何もなかった町にはおしゃれなカフェなどが出店していて、それなりに賑わっていた。葵は書類にハンコを押して放置しただけだが、立派に事業は成功している。その分、シンたちが汗を流したから。


「ここも便利になったわねえ。貸し地だらけで道もろくになかったのに」


「皇帝陛下と女王陛下のおかげだわ。地主を説得してくれたの」


 町ゆく人が、そんなことを話ながら歩いていた。違う。シンと、大臣たちのおかげだ。葵は逃げるようにその場を去った。




 気付けば、町はずれを越えて完全にアストレアの外の原っぱに来ていた。立ち並ぶ倉庫群を見て葵は思い出す。麻衣の発案で、雑穀類であるが非常時に備えて食糧を備蓄することになったのだ。使わなければ家畜飼料として放出し、無駄にはしないシステムである。よく考えたものだ。これだけ備蓄していれば、もし凶作が起きても一年二年は耐えられるだろう。


 町を歩いていて、こんな原っぱに来てさえも、葵が残した足跡より他の者が残してきた足跡ばかりが目立つ。自分でもわかっていた。葵がいなくても、この国は揺らいだりはしない。関係なく、シンたちがいれば正常に回っていく。


「やっぱり、この世界には僕の居場所なんてなかったんだね……」


 町の方を見ながら、葵はつぶやいた。これが現実である。少しの間、夢を見せられていただけだったのだ。前の世界でそうだったように、葵はここでもいらない子になってしまった。


 葵は目に涙を浮かべる。


「もう、どうでもいいか……」


 先ほどから禍々しい魔力が空を徘徊しているのを感じていた。きっとバルサーモ島から飛んできた魔物が、魔王を狙っているのだろう。葵は空を見上げる。一匹のドラゴンが、葵を目がけて急降下しつつあった。

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