18 お別れ
やがてパーティーはお開きの時間を迎えた。締めのあいさつということで、会場にはしめやかな雰囲気が流れる。玉座に掛けた葵のところに、小さな花束を持ったロビンソンがやってくる。ウンディーネからたった今駆けつけたのだ。
「女王陛下、お誕生日おめでとうございます。この世界が平和になったのも、陛下のご尽力のおかげです。お疲れ様でした」
葵がこの世界を去ることは伏せられている。最後に加えられた「お疲れ様」に込められた万感の思いを感じ取り、葵は目を潤ませる。
「ねえ、ロビンソン。僕がやってきたことは正しかったのかな? 間違えてはいなかったのかな?」
珍しくロビンソンはニコリと笑い、うなずいた。
「ええ。陛下がやってきたことは、全て正しかったです」
「そうか……。ありがとう。僕がこの世界でやっていけたのも、君のおかげだ」
最後に葵が軽く挨拶してパーティーはフィナーレを迎えた。長い一日が終わった。
今日は全員アストレアに泊まる。シンもレオールに帰らず葵と同じベッドで床につく。照明を消して、葵はシンに語りかける。
「今日、ありがとうね。僕のために、あそこまでやってくれて……」
「働いたのは俺だけじゃない。みんなに感謝するんだな」
「本当に、嬉しかったんだ……。前の世界で、こんな風にしてくれる人なんていなかったからさ。前の世界で、僕には何もなかったから。友達だって、恋人だって、立場だって。……家族だって」
葵は天井を見上げる。シンは言った。
「そんな寂しいこと言うなよ。誕生会くらい、現世で何度だって開けばいいんだ。そりゃあ、今回くらいの規模でやるのは無理だけどな」
「……そうだね」
葵はシンにぎゅっと抱きつき、耳元でささやく。
「ねえ、シン。僕は君を愛してる」
「……ああ、俺も葵を愛してるよ」
葵はしっかりとシンを抱きしめて、言った。
「……今日は体の調子もいいんだ。だから……!」
葵はシンを求める。しかしシンは葵を優しく引き剥がした。
「……いや、やめておこう。今は時期が悪い」
葵は少し拗ねたように口を尖らせてから、シンにキスをした。
「君がそう言うなら……。帰ったら続きをしよう」
シンと葵はお互いの暖かさを感じながら眠りにつく。この世界で、最後の夜だ。
そして次の日、みんな揃って転生の祭壇に向かうのだが、その前に王宮で麻衣は尋ねた。
「結局、ミカエルはどうするんや?」
シンたちの捕虜になってから一年近く経つが、ミカエルは王宮の地下牢で大人しくしていた。しかしこのままいつまでも地下牢で無駄飯ぐらいをさせておくわけにはいかない。本人は葵を現世に帰すときに一緒に帰してほしい、もう絶対こちらには手を出さないと言っていたが、信じるのか。
「本人は道案内するって言ってるんだろ? 連れて行こうぜ。ま、この一年間何もせず服役してたしな。しっかり葵を連れて行ってもらおう」
「僕を……? えっ、シンたちは?」
葵はシンの言葉を聞いて軽く動揺する。このことは、まだ伝えていなかった。シンは真剣な顔で伝える。
「よく聞け、葵。俺たちは帰らない。おまえ一人で帰るんだ」
一瞬葵は呆けたような顔を見せ、それから半ば悲鳴のように声を上げる。
「な、何だよ、それ! 一人だなんて絶対嫌だ! 僕は帰らない!」
「そういうわけにはいかないだろ。おまえの体は、生きているんだ」
シンは諭すように言うが、葵はヒステリーを起こしたかのように激しく首を振るばかりだ。
「嫌だ、絶対嫌だ! だったらミカエルに頼んで僕の体を殺してもらえばいい!」
「ふざけるな! そんなこと、俺が絶対に許さない!」
シンは正面から葵の両肩を掴み、強く言う。葵は助けを求めるように羽流乃、麻衣、冬那の方に目をやった。
羽流乃は申し訳なさそうに目を伏せる。
「……私にはフアナがいます。フアナを置いて帰るなんて、ありえませんわ。母として、私は残ります」
冬那もぎゅっと自分の服の端を握りながら、少し目を逸らす。
「……私はガブリエルの甘言に乗って、取り返しの付かないことをしてしまいました。それを魔法でチャラにするのは、違うと思います。たとえお父さんやお母さんを悲しませているのだとしても、です」
麻衣も寂しげな笑顔を浮かべ、葵に言葉を投げかける。
「……ウチらはもう死んでしまってるってことを忘れるわけにはアカンのや。葵には、ウチらにできんことができる。せやから葵、おまえだけ帰れ」
三人の言葉を聞いて、葵は愕然とする。この世の全てに見放されたと言わんばかりの絶望した様子だ。
シンも自分の現状について説明する。
「……俺は現世で存在した記録自体が消滅してた。おまえと分離したからだろうな。俺には返る場所がない。だから、俺は葵についていくことができない……」
「そんな……シン……」
「だから葵、おまえは一人で帰るんだ」
「……嫌だ! 絶対に僕は帰らない!」
葵はシンたちに背を向け、走り出す。シンは葵に手を伸ばすが、追いかけることなく立ち尽くした。




