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12 出産

 風の指輪を使ってキャンサーに戻ったシンと麻衣は、さっそくジャービル山地の向こうへと街道を延ばすべく動き始める。


 出資するのはウンディーネだけでなく、四ヶ国の共同事業だ。あの草原にはさらにもう一国建国できるくらいに広いし、森林や湿地帯にも開拓の余地はある。また将来的にはさらに西進することも考えられる。大河より西にも広大な土地が広がっているのだ。単純にウンディーネ領とすれば将来的にもめ事の原因となるだろう。


 そして今回、ジャービル山地の西を開発すると決めたことで帝国の首都を定める決心もついた。葵、麻衣、羽流乃、冬那に相談し許可も得る。




「魔王の帝国の母体であるグノーム王国王都アストレアが当然選ばれる! 葵様がいるのはアストレアなのだぞ!」


「いやいや、四王都随一の要塞都市であり、唯一海に面していて海上交通を使えるグレート=ゾディアックだ!」


「何を言う、この世界最大の超大国サラマンデルの王都で、他の三王都とだいたい等距離に位置するレオールしかない! 帝国の後継者の母は羽流乃様である!」


「皇帝陛下は西の開拓にご執心である! ならば拠点となるキャンサーだ!」




 このように外野は貴族、平民の別なしにやかましかった。他にも折衷案でスコルピオやアリエテの名も挙がっていたが、大鏡による移動が使えないのでシンとしてはありえない選択である。


 シンはレオールの王宮でたまたま近くに来ていた貴族を急ぎ集め、宣言する。


「俺の帝国の帝都をこのレオールとする! これは俺が決めたことだ! 反対は許さない!」


 順当といえば順当な選択だった。羽流乃が最初に子を孕んだとか、そんなことは関係ない。グノーム、シルフィードににらみを効かせつつ、ウンディーネとその西を見据えられるのはレオールだけだからである。西の開拓が進めばさらにキャンサーへと遷都することもありえるだろう。あるいは西への海路を確立できればグレート=ゾディアックへの遷都だ。


 広間は大きくざわめいた。サラマンデル出身の貴族は歓声を上げ、グノーム出身の貴族はうなだれた。特にグノームの貴族は帝都がレオールに決まってサラマンデルに乗っ取られる形になるのを恐れていた。彼らへの配慮は必要だが、決定は覆せない。




 シンはレオールに滞在し、西への街道整備の指揮をとる。同時に四王国からの報告も受け、内政についても決定を下していった。


 特に麻衣が以前に提案していた四王都での食糧備蓄について、実現するため各国の宰相に直接命令した。人口が増え続けているのでじわじわと食糧の値段も上がりつつある。価格高騰を抑えつつ備蓄を行うのはなかなかの難事業だった。雑穀を中心に買い集めることにして、コムギの値段に影響をほとんど与えることなく備蓄を作った。


 そうして時を過ごしているうちに、いよいよ羽流乃の出産予定日が近づいてくる。


「来月にはいよいよ産まれますわ……。そう考えると、なんだか緊張しますわね」


 夜、同じ寝室で並んでベッドに腰掛け、大きくなったお腹を撫でながら羽流乃は言った。


「そんなに心配することないだろ。きっと大丈夫さ。医者も元気に育ってるって言ってたろ?」


「そうですわね……。あ、今私のお腹を蹴りましたわ」


「本当か!?」


 慌ててシンは羽流乃のお腹に耳をつけてみる。確かに、音がしたような気がした。シンの顔が自分でも気持ち悪いなと思えるくらいに大きくほころぶ。シンは羽流乃の手を握りながら、座り直した。


「子どもの名前、どうする?」


 神父やら自称予言者やらがお告げがどうとか縁起がどうとか言いながら名前の候補を大量に持ち込んでいたが、羽流乃は自分で決めるのだと全て断っている。結局、どうするつもりなのか。


 羽流乃は唇に指を当てて微笑む。


「もう決めてますわ。でも、秘密です」




 シンは名前が明かされるのを楽しみに眠りにつき、次の日も普通に政務を執り行っていたのだが、昼食を食べている最中に突然羽流乃がお腹を押さえてうずくまった。


 シンは羽流乃の元に駆け、声を掛ける。


「どうした? 大丈夫か!?」


「う、産まれますわ……!」


「な、何だって!?」


 いきなりそんなことを言われても、心の準備が全くできていない。どうすればいいのだ。シンは羽流乃の隣でまごまごするばかりである。下手なことをして問題になったらいけないと思ったのか、はたまた単純に突然すぎて頭がオーバーヒートしたのか、食堂の中に何人かいるコック、給仕、護衛などを担う男たちも固まっている。


 対照的に葵、麻衣、冬那は冷静に対処を開始した。


「シン、どいて。羽流乃、歩ける?」


 葵に訊かれ、羽流乃は首を振った。


「なら担架やな。すぐ呼んでくるから、楽な姿勢で待つんやで」


「ああ、もう破水しちゃってますね。産婆さんも呼んできます!」


 麻衣と冬那は諸々の手配に動く。すぐに羽流乃を担当する予定の産婆たちが宮廷医とともにやってきて、慌てふためいている男たちを追い散らし、羽流乃を担架に乗せて連れて行く。


 シンはついていこうとするが、産婆たちに止められた。


「出産は男子禁制だよ! たとえ陛下でもね!」


 宮廷医でも立ち会いは禁止らしい。用意された一室に入ってしまう前に、羽流乃は手ぶりで担架を止めた。羽流乃はシンの手を握る。


「たまには、私を待ってくださいまし。いつも、私を待たせていたのですから。必ず、私も子どもも無事に戻ってみせますわ」


「わかったよ……。絶対だぞ?」


「私を信じなさい」


 そう言い残して羽流乃は部屋に運び込まれた。葵、麻衣、冬那は当然のように後に続いて入室していく。何か釈然としない。


「冬那様、消毒の魔法をお願いします」


「任せてください!」


 冬那が魔法を振るい、準備は整ったようだ。シンにとっての長い昼が始まった。

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