11 新世界
予想通り、次の日は雨だった。そこまで強い雨ではないが、下手に活動すると風邪を引いたり山から滑り落ちたりしかねない。動けないのはもどかしいが、水の補給はできる。起床したシンと麻衣は昨日のスープの残りを食べ、シェルターでしっかり休養をとった。
昼食には残っていたウサギ肉を焼き、夕食には貴重な酒を使って豆とともに煮込む。昨日今日と豪華な食事を楽しんで、疲れは完全に吹き飛んだ。シェルターも暖かくて柔らかく、きっちり睡眠がとれる。
そして雨がやんだ翌日、再び西を目指してシンと麻衣は歩き出す。なだらかな斜面が続くばかりで特筆すべきことはない。ただ、向こうを見渡せるようになるまでは長そうだ。
そうして昼過ぎまで歩くと、ついに下り坂に到達した。ジャービル山地の裏側の光景を見て、シンと麻衣はしばらく立ち尽くす。
「すごいな、これは……!」
「めっちゃ広くて、大きいやんけ……!」
北手にはジャービル山地から伸びる大森林。南には湿地帯。その間に挟まれて、すぐにでも人間が住めそうな草地が広がっている。そして一帯を貫くように、幅数キロはある大河が蛇行していた。シンの予想通り、ジャービル山地の裏には新天地が広がっていたのだ。
「でも、魔物も多そうやで」
湿地帯の方を見れば、クマくらいに大きいヒキガエルの化け物が飛び跳ねているのが見える。ジャービル山地の方も、巨大なロック鳥が群れをなして飛んでいた。ここからは見えないが、森にもマンティコアやらグーロやらがうろうろしていそうだ。海岸の方には下半身がタコの化け物、スキュラが大量に生息していることもわかっている。
しかし森林と湿地帯の間にある草地なら人が住むことも可能だ。大きな川もあるので何でもできる。降りてみて、調べるべきだろう。俄然やる気を出したシンと麻衣は、ずんずん斜面を降っていって、草原地帯を目指す。
そうして三日後には川の近くまで到達することができた。茂っている草もせいぜい腰の高さまでなので、楽に歩ける。
しかしなかなか風が強い。どうやら山の具合で、この一帯には強い風が吹きつけるらしい。おまけに海からも風が吹いている。風が吹き荒れているためあまり高い木が育たず草原になったということのようだ。とはいえ人が住めないほどではないので、問題にはならない。
草原には魔物もいないようだった。シンは土質を調べてみる。川の近くなので多少砂は多いが、土自体にはほどよく粘性がある。おそらく、大雨が降ればこの辺りまで川が氾濫するのだろう。もう少し川から離れるなり堤防を作るなりする必要はありそうだ。
「うん、人が住むには理想的や。道さえ作れたら、どんどん移住できるで!」
「だな! 川も調べてみよう!」
シンと麻衣は慎重に川の方に出てみる。魔物や、ワニのような肉食獣の姿は見当たらない。人の手も入っていないので水質もよく、多数の魚が泳いでいるのを視認できた。のんきに子連れのカモまでが遊弋している。
「ミッションコンプリートやな……! 帰ってから、こっちに道を延ばす計画を作らなアカンな」
「帰るのは明日でいいだろ。食糧ももうちょっと残ってるし」
「せやな。夜に危険な魔物が出るっていう可能性もないことはないから、今夜は泊まってみようや」
まだ昼前だ。背丈の低い草しかなくてシェルターは作れないが、雲の感じから雨はなさそうなので問題あるまい。草を刈って寝床を作り、昼食としてパンとベーコンを食べた後、シンと麻衣は暇になってしまった。
シンは今夜の夕食のため釣りでもしようと苦労して棒切れを捜し、釣り竿を作って川へと向かう。どういうわけか麻衣までついてきた。
「麻衣も釣り、やってみるか」
「いや、ウチはやることがあるから」
では麻衣は何をするのだろう? 疑問に思いながらシンと麻衣は川に着く。麻衣はやおらに服を脱ぎだした。未成熟な麻衣の肉体が晒される。
「ま、麻衣! いきなり何やってるんだよ!」
「何って、水浴びするんや。ずっと着たきり雀で汚れてるからな。ついでに洗濯もするで! シンちゃんも脱ぐんや!」
「えぇ……」
シンは抵抗したが下着を残して全て脱がされてしまう。まぁ確かに、今洗っておけば日が暮れるまでには乾くだろう。
「じゃ、シンちゃん、ウチは向こうで水浴びしてくるわ。シンちゃんなら覗きに来てもええで?」
麻衣は胸と股間を手で隠しながら黒い尻尾をゆらゆらと動かす。誘惑のつもりか。少しグラッと来たが、シンは耐えて絶叫する。
「行かねえよ!」
シンはパンツ一枚で釣りをするはめになった。
やはりこの大河の魚たちも釣り人は初体験らしく、入れ食い状態でどんどん釣れた。ウグイやカワマスだけでなくバスやナマズまでとれる。大型の肉食魚がとれるということは、それだけこの川が豊かであるということだ。
釣りを終えた後シンも川で身を清めてから着衣し、麻衣のところに魚を持っていく。麻衣は小型の魚は塩焼きにして、一番大きなナマズを大胆に切り分け、残った酒とニンニクを使い切って鍋で煮込む。
パンもドライフルーツも全て食卓に出し、シンと麻衣は久しぶりに温かい料理をお腹いっぱい食べた。五日目以来、パンにベーコンやソーセージを添えた程度の食事しかとれていなかったのである。
食事が終わるとすっかり周囲は暗くなり、夜の帳が降りていた。草を敷き詰めた即席のマットに、シンと麻衣は寝転がる。
「……星が綺麗やな」
「ここは明かりがないからな」
この世界でも人が住んでいるところは魔法で照明を使うので、夜も明るい。人工の光が一切ないこの地では、星も月も輝いて見える。
この世界は作られたものだが、それでも星も月も作り物なんかではない。麻衣はシンの手を握ってきて、シンは強く握り返す。
「シンちゃん、愛してるで……」
麻衣は起き上がり、上着をはだける。突然のことにシンは驚く。構わず麻衣はシンの体に覆い被さった。
「お、おい……。子どもが産まれるまで控えるんじゃなかったのかよ」
シンが他の子どもを残すと相続問題になるからと、それを言い出したのは麻衣だ。
「大丈夫やで。今日、安全日やから」
「そういう問題なのかよ!?」
だったら、今までも機会はあったはずだ。開拓村では、夜もずっと一緒だったわけだし。いや、期待してたわけじゃないよ?
麻衣はしばらく黙った後、観念したように口を開く。
「……すまんな。正直に言うわ。我慢できんくなった」
本当にストレートだった。いや、でも気持ちはわからないでもない。
「これでもショックだったんやで? シンちゃんが先に羽流乃ちゃんや冬那ちゃんとやってて」
麻衣はその気持ちを押し殺して、シンにまだ二人目は作らないように進言してくれていた。シンのために、羽流乃のために。
「ずっと不安だったんや。ウチのこと、シンちゃんは女として何とも思ってへんのかな、って。羽流乃ちゃんのシンちゃんになってまうんかな、って。ウチはもう、シンちゃんにはいらん女になってしもうたんかな?」
月明かりの下で、麻衣は泣き笑いのような表情を浮かべる。シンは麻衣の背中に手を回し、抱きしめた。
「バカ、そんなわけないだろ……。全員、俺の大事な嫁なんだ。麻衣がいてくれないと、俺だって寂しいよ」
シンは体を起こし、逆に麻衣を押し倒す。
「シンちゃん……!」
「俺も、我慢できなくなっちまった……」
シンは麻衣の唇に優しくキスをする。星空のカーテンの下で、二人は長い夜を過ごした。




